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4時26分

4時に家を出た。

その晩、唇を噛みながらパソコンの前に座っていた。
書こう、と思った内容を、望む温度で書ききることができなかった。
こういう夜はたまにあるけれど数は少なく、訪れるとぐんと疲れる。
それでも、今日中に1本は書きたいから、と思って別の話題を引きずり出したところで、部屋の電気が消えた。
エアコンふたつと電子レンジによる停電。

パソンの再起動を乗り越え、部屋の中をぐるぐると周り、ようやく最後の一文にたどり着いたところで、部屋をノックされた。
わたしの意識は再度完全に途切れ、とりあえずの言葉を書き殴り、コートを羽織った。
お気に入りのマフラーをぐるぐると巻く。

明日は仕事だとか、
いまは体調が万全でなく歩くのがしんどいとか、
そういうのは全部、置き去りにした。

案外わたしはまじめなんだ。
だから、あんまりいろんなことを置き去りにすることはできないのだけれど
この夜ばかりはぜんぶ投げ捨てて家を出た。

あのときは停電とノックのせいだ、と思って人のせいにしていたけれど
きっと、そういう瞬間がそろそろ必要だったんだと思う。

あと、すぐに家族のせいにするのやめようね。
もともとは友達だったんだから、友達みたいなやさしさを忘れずにね。

そうしてわたしは、4時に家を出た。
冷静さは残っていたので、遠くまで行くことと、暗い道を歩くのは辞めようと思った。
決して大通りから外れずに

いつもは行かないセブンイレブンに行こう。
その途中で疲れたら帰ってこよう、と決めた。
まっすぐの道を歩き出す。

寒いこと以外はなにも考えず、
イヤフォンから流れる音だけが、世界のすべてみたいな夜だった。
少なくとも、わたしにとっては夜だった。
すれ違う車にとっては、朝だったのかもしれない。
夜と朝の、世界の狭間みたいだった。
暗闇が心地良ような気がしたけれど、それは電灯の明るさがわたしの道を照らしていたからだ。
わかっている、きちんと。

歩くことを愛している。
ひとりで歩くこともまた、格別に愛している。
わたしだけの速度で、誰にも迷惑をかけない。
迷子にならない、というところも気に入っていた。
ひとりで歩くときの大半、わたしは約束を持っていない。

そうして夜の空気と、ひとりの空気をたっぷりと吸い込んで
頭もからだもしっかりと冷えたころ、夜のセブンイレブンにたどり着いた。

セブンイレブンは明るくて、あたたかくて、
当たり前のように働いている人がいて、カップルのお客さんがいた。
幸福そうな人を見ても、むかしほど不幸な気持ちにならなくなった。
わたしももう、大丈夫なのだと思う。

世界の狭間を孤独に歩いていたつもりが、
わたしは日常から片足を投げ出したくらいなもので、
どんな世界もきちんとセブンイレブンに繋がっていることに安心した。
ちょっと妬ましくもあったけれど。
このまま容易くどこかへ行けちゃえばいいのに、なかなかそうもいかないんだから。

何も買わずに自動ドアをくぐり、わたしはまた歩き出す。

たった30分足らずで息を吹き返したことを
わたしはこれからも忘れてはならない、と思っている。

家に着いたら、4時26分だった。




【photo】 amano yasuhiro
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