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ときどき、夜の散歩

夜、わたしはベンチに座っている。

ときどき、夜の散歩に行く。
終電で帰ってくる人を、迎えに行く。

ほんとうは迎えなんて要らないのだけれど
いいじゃないか、「お迎え」という言葉が。
するほうも、されるほうも。

わたしは外に出るのがあんまり得意じゃないけれど、
「お迎え」は魔法の言葉だ。
時間制限があるのが、いいのかもしれない。
するっとコートを羽織って、鍵とスマホだけポケットに突っ込んで
マフラーをぐるぐると巻きつける。

良い季節だ。
帰り道、空がぽっかりと開くあの小道で
星を見ることもまた、美しいのだと思う。

「電車が遅れた」なんていうのも、よくあることだ。
わたしは、コンビニ前のベンチに腰掛ける。
この街は、座れる場所がたくさんあるところが気に入っている。
誰がどこに座っていても気にしない街、というようなところも。

先日の反省を経て、今日はコートを羽織る前にセーターを着た。
しばらくここにいてもだいじょうぶ、と寒さに抱かれてゆく。
のぼり旗がぱたぱたと揺れているけれど、ここに風はきていない。

夜の世界の、オレンジ色を愛している。
ぼやっとした光を、なんでもない夜を見つめるだけの時間を愛している。
目の前の景色が少しずつ変わってゆくのは、何よりもおもしろいドラマだ、とわたしは思っている。

誰かの足音が聞こえて顔を上げた。
待ち人、にしては早すぎる。
姿が見えて、違う人だ、と頷く。
そしてまた足音、

足音っていうのは人によってぜんぜん違って
案外遠くまで響くものなのだなあ、としみじみする。
道の反対側を歩いている人の足音だって、しっかり聞こえてくる。

大きなトラックがザザァと通り抜けて、足音は消える。
トラックは光の川を成すように、いくつか連なって途切れて、またやってくる。

AmazonでもZOZOでも、注文したものは魔法みたいにいつも玄関に届くけれど
ああ、こうやって運んでもらっているんだな。
このコンビニで発送した荷物も、明日には実家に届くはずだ。
わたしの手元にあったストールが、もうすぐ母の手に渡っていると思うと、なんだか不思議な気がする。
魔法はどこにもない、ということを、わたしは今宵確かめる。
すべて誰かが何かを、時間とか労力とかを裂いて成り立っているのだ、ということを。

どうか、お気をつけて。
ひとつひとつのテールランプに、わたしは小さく祈った。

黄色い袋を持ったふたり組が、楽しそうに通り抜けてゆくのも見守った。
あの黄色は、ポケモンセンターのお買い物袋!
ヒバニーのやつだ、と遠目からでもわかる。
うふふ、あなたもポケモンを愛するものなのね。と勝手に嬉しくなる。
わたしがあの袋を持っているときも、こうして誰かを笑顔にできたのかな。

「遅くなってごめん」

待ち人の声が響いたとき、
夜の冒険が終わることが少し寂しいのに
見慣れた横顔に、安堵してしまうわたしがいた。
今日の冒険は、これでおしまい。

「コンビニに寄って帰ろう」




【photo】 amano yasuhiro
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