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コンセプトは“普通” コロナで失った夢を 建築のプロとDIYで実現したハンバーガー店

「カナダへの移住が夢でした」3年前にコロナで突如その夢を奪われた男性は、2022年春、カナダへの想いを詰め込んだハンバーガーショップを作り夢の続きを歩み出した。店舗づくりを担当したハンディハウスプロジェクトのメンバーは、店のコンセプトから設計、施工の全てを自分が担当するのは初めて。店主も自分のお店を持つのは初めて。駆け出しの2人が試行錯誤で進めたお店づくりの舞台裏を紹介する。

2021年に結成10周年を迎えたハンディハウスプロジェクトの連載シリーズ。第7回目は、グランビリーバーガーの佐藤悠人さんと、ハンディハウスプロジェクトの森川尚登の対談です。【ハンディハウスプロジェクト10周年インタビュー vol.7】

佐藤悠人さん(写真 右)
GRANVILLY BURGER(グランビリーバーガー)店主。高校時代に訪れたカナダに魅了されて移住も予定していたがコロナで断念。のちに、1年間限定で間借りをしてハンバーガー店「GRANVILLY BURGER」を始める。これまで、建築関係の営業やアパレル関係の仕事を経験したが、飲食業はほぼ経験がない異色の経歴。

森川尚登(写真 左)
大学卒業後、内装デザイン会社で営業職に就く。もっとお客さんと近い距離で話しあいながら空間づくりを行いたいと思い、2019年Handihouse projectに参画。現場で施工をしながら設計の勉強をするため、建築や家具のデザイン専門学校夜間部に通い、2022年卒業。趣味は、レコード収集やオリジナルのカセットテープ作り。日本中を旅した経験を活かして街づくりに携わっていきたいと妄想中。

HandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト、以下ハンディ)
「どんな家にしようか」という最初の妄想から作る過程まで、プロジェクトオーナー(施主)と、一緒に作業をしながら家づくりを楽しむ。「妄想から打ち上げまで」を合言葉に“施主参加型の家づくり”を提案する。設計から施工まで、すべてメンバーが自分たちで行っている。

ーー面白いお店ですね。なんだかアメリカなどの旅行で訪れた店に似ている。

佐藤:めちゃくちゃ嬉しいです。そこを目指していたので。

ーーそうなんですね(笑)今回ハンディに店舗づくりを依頼したのはどうしてだったんですか?

佐藤:ハンディというよりも、森川さんにお願いしたかったんです(笑)

森川:いやあ、ほんとそう言ってもらえるなんて光栄です。もともと僕は佐藤さんがアルバイトをしていたr(アール)というカフェの常連でした。佐藤さんが朝の営業をやり始めたときに、DJをさせてもらったりも。それが出会いでしたね。

ーー森川さんが建築関係の人でハンディのメンバーっていうのは知っていました?

佐藤:何者なんだろうって思っていました(笑) 森川さん、自分で作ったミックステープをr
に置いていたのですが、そのジャケットの写真がものすごく良くて。ポートランドに旅行に行ったときの写真だったみたいですが、僕の好きな北米の風景が目の前に広がるような写真で。後に森川さんがハンディの人って知って、いつかお店を持つときには趣味や感覚が合う人に頼みたいと思っていたので、今回依頼しました。

森川:あのカセットテープがきっかけになったのかぁ。カセットテープを置いておいてよかったです(笑)

森川さんへの依頼のきっかけになったカセットテープ

コロナで失った カナダ移住の夢

ーー今回お店のコンセプトの一つにもなった「カナダ」 お店のインスタグラムでもよくカナダのことが語られていますが、どうしてカナダなんですか?

佐藤さん:カナダを好きになったきっかけは、高校の修学旅行でした。カナダでホームステイをしたのですが、小さい頃から好きだったセサミストリートとか、向こうのアニメの世界が街中に広がっていたんですよ。すごく感動しちゃって。そこからカナダのことが大好きになって何度も旅行で行きました。現地の人のおおらかさや、豊かな自然、街並みや風景も大好きで。気づけば、僕の人生はカナダでいっぱいになっていました(笑)

写真左が森川さん、右が佐藤さん

ーーよほど肌にあっていたんですね。

佐藤:そうですね。最後に旅行したのは5年前になりますが、そのときに帰りたくなさすぎて、最終日に道端で泣いちゃったんです。絶対に帰りたくないって。その時にこっちに住もうって決めて、2年ほどかけて身の回りの準備をしていたんです。
仕事を辞めてワーキングホリデーのビザを取って、いざカナダに出発することになっていた矢先、ちょうどコロナウイルスの流行が始まったときと重なってしまって。渡航の1週間前にカナダが入国制限を始めて行けなくなってしまいました。

ーーそれは辛かったですね。

佐藤:結局ビザも失効して、仕事を辞めていたのでやることもなくなっちゃって。1年間ぐらいひきこもりみたいな生活をしていました。心配した妻が、あるとき「カナダみたいなカフェがあるから一緒に行こうよ」って連れ出してくれたんです。

ーーそれが、先ほどお話にあったr(アール)だったんですね。

佐藤:そうです。rのオーナーさんが何でもやっていいよって言ってくれて、小さい頃の夢だったハンバーガー屋を始めたんです。

ーー好きだったんですか?ハンバーガー。

佐藤:マクドナルドが大好きでした。カナダに行ったときも飲食店をやりたくて、向こうで飲食業の修行をしてハンバーガー屋をやれたらいいなとぼんやり思っていたんですよね。rでハンバーガーを出し始めたら、リピーターの方とかも来てくれるようになって自分の店を出すことにしたんです。

キッチンにもマックのマークを発見

自分の手で作ってみたら、オープン前でも既に店への愛着が出ていた

ーーこのお店は、佐藤さんもDIYで参加したと聞いています。いかがでしたか?

佐藤:大変だったけどすごく楽しかったです。初めてですね、本格的にやったのは。

ーー大変だったんですね。

佐藤:タイルを貼るのが想像以上に大変でした。

森川:結構な枚数ありましたもんね。

佐藤:貼るのも大変だったし、目地入れるのも大変だったし、目地を拭くのも大変だった。

森川:この枚数は一生に1回ぐらいでいいかな。この経験はもうしたくないかも(笑)

すべてタイルは佐藤さんと森川さんの2人で貼った
かわいいタイルの模様は佐藤さんのアイデア

ーー森川さんもやったことなかったんですか?

森川:この範囲はなかったですね。なので僕もちょっと計算が甘かったのですが、デザインも最初にあまり決まっていなくて。淵を黒にするとか、それをどういう配置でやっていくのかなど、貼りながら決めていったんです。足りなくなったらそこで追加で発注していたので、結構日数がかかってしまいました。学びましたね…。

ーーインパクトがある柄ですね。模様や色味の配置はどちらの提案だったんですか?

森川:佐藤さんです。

佐藤:細かいところは森川さんがいろいろ考えてくれました。お店をどんな風にしようかなと思っていたときに、雑誌や写真を見ていて目に留まるお店の床には大体タイルが貼ってあるんですよね。カナダにあるような食堂とかカフェみたいに、クリーンな内装にしたかったのでタイルは絶対に貼りたいなと思っていました。

トイレの前のタイルはこんな感じで。遊び心も佐藤さんのアイデア。

ーー確かに海外の食堂っぽい。

佐藤:嬉しい!ありがとうございます。

ーーハンディはオーナーさんも一緒につくることをコンセプトにしていますが、それは知っていましたか?

佐藤:いえ、知らなかったです(笑) 一緒に作れたらいいなとは思っていましたが具体的には考えてなかったです。

森川:佐藤さんは、チラシ一つでも手書きで作っているんですよね。なのでお店づくりもDIYで参加するといいんじゃないかなと思って声をかけました。一つ一つこだわりがあって、自分の好きなものもわかっている方だったので、最初から最後まで一緒に話しあいながら作るスタイルはマッチすると思って。

ーーやってみていかがでしたか?

佐藤:タイル貼りがどうして高価なのかがよくわかりました(笑)

森川:労力がかかっていますもんね(笑)

佐藤:お店が出来上がっていくところを最初から最後まで現場で見ていたので、オープン前から、既にずっとお店と一緒に過ごしてきた気持ちになったんですよね。僕もお店を持つのは初めてで全てゼロからのスタートでしたが、自分で作ったことによって思い出ができた状態から始められるので、お店への愛着も大きくなりました。

佐藤さん自らが看板のDIYも
引き渡し後に佐藤さん自身が壁を塗り直したトイレ。プロと一緒のDIYを経験したことで自身で手を加えることへのハードルも下がったという。

カナダに“普通にある”ようなお店に 職人もひとつのチームとなり実現

ーーそれにしても、オープンしたてなのに以前から食べに来ていたような居心地の良さがあるお店ですね。

佐藤:それも嬉しい感想です!最後に補修をしてくれた職人さんにハンバーガーをご馳走したときに、「なんだか中華屋さんみたいなお店ですね」って言ってくれた時もすごく嬉しくて。町の中華屋さんみたいな存在を目指しているんです。カナダとかアメリカのダイナーもそういった雰囲気のお店が多くて、僕は居心地がよくて大好きでした。

森川:佐藤さんとコンセプトを話していたときに、“普通な”お店がいいねって合致したんです。カナダの街中に普通にあるような雰囲気をどう出していくのかを一つの軸にして、設計やデザインを進めていきました。

ハンディのオフィスで事前の打ち合わせ(妄想)をする佐藤さんと森川さん

ーー普通っぽさを出すって、難しそう。

森川:一番にこだわったのは壁の左官でした。白い壁でも、はっきりとした白ではなく少しくすんだ感じでムラ感を意識してもらったり。コンセプトや目指す方向を提示して表現してくれるのは、大橋左官の大橋さんしかいないと思ってすぐに連絡をしました。

ーー壁でカナダに普通にあるようなお店を表現したということですか。

森川:もちろん壁だけではないですが、今回の空間を決定づけるのは壁だなと思いました。大橋さんは材料から自分で研究をして、使う素材からこだわっている方で。このお店をやる前に、大橋さんの工房にお邪魔したときに見せてもらった材料のことを思い出して、大橋さんに頼んだら求めている雰囲気が絶対出せるなと思ったんです。

壁を塗る大橋左官の大橋さん
敢えて新しさを感じさせない絶妙な壁の色合い。お店のポイントとなる緑の長押との相性も良い。

ーー一緒にやる職人さんの存在も大きいですよね。

森川:そうですね。オーナーさんも参加しながらやっていくので、僕だけではなく一緒にチームになって作る職人さんも重要ですね。ハンディでは、オーナーさんとだけではなく、職人さんとみんながフラットな関係になることも大事にしているので、今回の現場ではそういった点でもうまくいったと思っています。

ーー佐藤さんが職人さんとも直接コミュニケーションを取ることもあったんですか?

佐藤:僕も大橋さんや他の職人さんと色んな話をしました。大橋さんは、材料から自分で作っているところが僕と感覚が似ているように感じましたし。僕も料理をするときに、なるべく現地に行ったら食べられるような味にしたくて、日本の調味料とかを一切使っていません。全てスパイスを調合するところから作っています。

GRANVILLY BURGER カナダや北米の味に近づけられるように常に研究している

佐藤:そういったところが、大橋さんの素材へのこだわりと繋がっているような気がして、現場でいっぱいお話させてもらいました。

森川:この2人は合うんじゃないかと思っていましたね。僕がいなくても二人で盛り上がっているところを見て、やっぱりと思って嬉しくなりました。

佐藤:他の職人さんたちも僕に対してもすごく優しくて。色んな相談や困りごとも親身になって聞いてくれました。
ーー建築業界って、設計をする人が一番偉くて、その下に職人さんがいるみたいな関係性がありますよね。

佐藤:いや本当に。今回はすごくフラットでいいなって思いました。終わってからの打ち上げのときも、職人さんがビールをたくさん飲んで楽しんでくれたのも最高でした。お互いに遠慮がない関係でお店を作れることって大切ですよね。やっぱりプロ相手に一般の人は口出ししちゃいけないと思うと、意見も言わなくなると思いますし。僕もそういった方にお願いしていたら、全てお任せして現場を見に来ることすらしなかったかもしれません。森川さんも言いやすい雰囲気を作ってくれていたので、全てにおいて満足しながら完成させることができたなって感じています。

ーーオーナーさんも建築家も職人も、一つのチームとなるのが大事なんですね。

森川:現場の雰囲気が良くてコミュニケーションを取りやすいほうが、何も問題が起きないし、起きたときもみんなで対処方法を考えられるので大事にならずに済むという良さもありますね。

佐藤:そんな現場に参加できてめちゃくちゃ楽しくて幸せでした。

敢えて高価なものを使わずに普通っぽさを表現。各所にグリーンカラーが取り入れてある。作りはシンプルでも色味にはこだわりを。
vitsoe(ヴィツゥ)の棚。派手なデザインは避けてシンプルで使いやすいものに。長押を利用してかごや服をかけられるようにといった気が利いた細工も。
テレビを置いている食堂がカナダには多いという。現地らしさはそんな細部にも。

ーーこだわりがいっぱい詰まった店ですね。全然普通じゃない!(笑)

森川:お客さんには普通にあるような、特別じゃない普段使いのお店として見えてほしいと思っていますが、僕の中では普通ではなくここにしかないお店を目指しました。気張らず、気楽に立ち寄れるような雰囲気が出ているといいなと思っています。

目指すのは、遠慮なしの気軽な人間関係

ーー森川さんはハンディに入って4年目。元々はデザイン会社の営業担当だったそうですね。コンセプト作りから設計施工、全てを担当したのは今回が初めてだったということですがいかがでしたか?

森川:いやぁ、めちゃめちゃ楽しかったです。今年、設計デザインの学校を卒業したばかりで。日中はハンディメンバーとして家作りをしながら夜間は学校に通う二足の草鞋のような生活を送っていました。学校の授業でもコンセプトを考えることはすごく好きでしたが、オーナーさんと一緒に考えるのは本当に楽しかったです。

ーー佐藤さんは、まだ駆け出しの森川さんにお願いするということには不安はなかったんですか?

佐藤:全くなかったです。逆に嬉しかった。

ーー嬉しかったんですね。

佐藤:うちが森川さんの最初の現場になったことが嬉しい。僕もお店を出すのは初めてですし、お互いに初めてづくし。若い世代で作ったというストーリーもお店に込められるのかなと思うとすごくいいですよね。

森川:先週もお店に食べに来ましたが、ここはどんな風に変える?みたいな店づくりの話は都度出てきます。気軽に相談してもらえる関係性にもなれてすごくいいなと思って。引き渡して終わりではなくて、これからもずっといつでも相談できる友人でありお店づくりのパートナーでいたいですね。

ーーハンディでは最初から最後まで一人が担当して、オーナーさんを巻き込みながら作るということを大事にしていますが、まさにそれができたということですね。

森川:もともと違う業種から建築の世界に入りましたが、ハンディに入る前にやりたいと思っていたことが一つできたという達成感でいっぱいです。オーナーさんと近い距離で話しながら空間を作ってみたい。そう思って以前の職場をやめてハンディに入りましたが、素人だから最初からそんなことができるわけもなく。現場では先輩から設計施工のスキルを学んで、学校では図面の書き方やデザインを学んで。一つの目標にしていたことが実現できて、今も胸がいっぱいです。

ーーどんなお店にしていきたいですか?

佐藤:食事をしなくても待ち合わせに使えるスポット的な存在になれるといいですね。ハンバーガーを食べなくてもコーヒー一杯飲みにくるとか。何なら「Wi-Fiちょっと使わせて」くらいの用でも気軽に立ち寄ってほしいです。

外から窓越しに声をかけてくれるのも嬉しいと話す

ーーそれは気軽ですね(笑)そういうお店ってなかなかないかも。

そうですよね。カナダにはそういったお店がけっこうあるんですよ。食事をしなくても、次に来た時に食べてくれればそれでいいっていうスタンスのところが多くて。スーパーマーケットでも店員さんとちょっと立ち話するような関係が街中にあったり。
日本では、レストランは食事するところで、スーパーは買い物するところって決まりすぎている感じがするんですよね。僕のお店も今、ランチタイムにしか人がいないような状態で。窓から話しかけてくれるだけでもいいし、子どもだけが遊びに来てくれてもいい。そんな繋がりを増やしていきたいですね。

ーー日本のレストランって、緊張感ありますよね。

佐藤:お客さんが偉くて、お店側がちょっと下みたいな感じもありますよね。お客さんは他のお客さんに気を使って食事をしなくてはいけない感じも。

先日、嬉しいことがあったんです。常連さんの息子さんが子ども同士で食べにきてくれて。

ーーおいくつくらいのお子さんですか?

佐藤:中学校1年生ぐらいですね。僕と最近仲良くなって、その後友達を誘って来てくれたんですよね。前日にはサッカーへ行く途中で寄ってくれて、明日食べに行くからねって声までかけてくれて。そういう日常の一部というか、地域のコミュニケーションの場になっていけているのかなと思うとすごく嬉しかったです。

小さな子どもが泣いても走り回っても、気にしないで家族で来てほしいと佐藤さんは話す

森川:オーナーさんの人柄も、空間づくりに大きく影響すると思っています。佐藤さんのこだわりと個性、人への寛容さが加わって、このお店はより面白い空間になっていくんじゃないかなと。僕としても、佐藤さんとコミュニケーションを取る中で面白い部分を探って、引き出して、空間に体現できたかなと思っています。オーナーさんのちょっとした癖であったりこだわりがあると、よりユニークな空間になるんだなと今回よくわかりました。このお店を担当できて本当に楽しかったです。

取材・文 石垣藍子

※GRANVILLY BURGERについて詳しくはこちら
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