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ヨシコンヌフィクションヌ【詩と小説】

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ヨシコンヌが書くフィクションです。
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#小説

Baby,it's time-スプモーニ-【小説】

Baby,it's time-スプモーニ-【小説】

握った手に温度があったことに驚いて
一度差し出した手を引いてしまった。

「何。気持ち悪い?」

感触やら温度やらを間違いだと思いたくて、
タツロウの声にも答えず、そのまま無視して部屋に戻ろうとしたら、後ろから
「あのさぁ」
とタツロウが少し大きめの声を出した。
答えるのが怖くて、ベランダの窓を閉めようとすると、開いている側の窓ではなく、閉まっている側の窓のガラスをすり抜けて、タツロウが入って来た

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Baby, it's time-タツロウ-【小説】

Baby, it's time-タツロウ-【小説】

いま

ソファで隣に座る彼は

透ける身体をよそに、

何度も、

好きだ、と私に云うのだった。

聴こえない振りが出来たのは1週間で、
「あんまり無視してると、ユウリちゃんがお風呂に入って頭を洗っているときに後ろに立つからね」
というなんだか空恐ろしい台詞が決め手の口説き文句となった。
最低である。
幽霊とのお付き合いだ。
霊感などまるでないはずの自分が、だ。
始めはもちろん、
「嗚呼、とうとう

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Baby, it's time ープロローグー【小説】

Baby, it's time ープロローグー【小説】

何も云いたくないから

ただ上の空だ。

それを知らない彼は
心配そうに握った手に力を込めたり、
『どうしたの?』
ときいたりする。

年下って感じだなぁと思う私は
大概おばさんだな、と思う。

ちゃん付けで呼ばれる自分の名前を
不思議だと思ったり、
小学生のとき、一学年下に何故かモテて
何気なく告白されてしまっていた帰り道を思い出したり、
そういうことがぱったりなくなった昨今の渇き具合の自分に苦

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その後、俺たちは

その後、俺たちは

部屋の片付けをしていたら、日記が出てきた。

『28歳だ。

今の私の歳だ。

いつも何かと闘って生きてきたつもりでいたけど、そんなことはなかったようだ。

風邪を引いている。

毎年11月か12月には風邪を引く。

風邪を引くと色々なことを考える。

この靄のかかったような感覚はいつ拭えるのか、何が悪かったのか、そういえば、さっき返したメールの内容はどっか違うんじゃないか、本で読んだ「自分に

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ナオヤクラシマに、会ったのだ。

ナオヤクラシマに、会ったのだ。

「この掌の木片にどんな夢を見るか。

いいんだ、別に。

わからないのだろ?」

仰向けのままで薄ら笑いながら、

ぼそぼそと呟いている彼は

明らかに酔っ払っていた。

倉島直哉だ、とすぐにわかった。

この大学のシンボルである樹齢云十年の桜舞い散る中庭に、

陽の光の下で銀色に鈍く光る

でっかい鳥籠のインスタレーションを創った、

誰もが羨む才能を背負った、

あの、

ナオヤクラシマだ

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多胡修繕店【小説】

空を、雲が、覆っている。

指先の感覚が無くなるほど、寒い。
そして、上之ヶ原駅のホームには、相変わらず全く人気がない。
簡単な屋根と壊れかけた木のベンチがあり、そこにオレンジと深緑のスケッチブックを両手で抱えて、ぼぅっと座っている女がいる。
久留米桂である。
黒髪のワンレングスに色白細身、ロングブーツにジーパン、黒のタートルのセーターにアイスブルーグレーのダウンを上から羽織っている。田舎駅で見る

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雪月華抄 その壱【小説】

雪月華抄 その壱【小説】

2008年4月10日
画家・雪村月華(ゆきむらげっか)、
御年八十にて、逝去。

以下、
晩年の作品『櫻来坂』と共に添えられていた
遺言より抜粋。

『青子(せいこ)へ

本当は雪村青子様、と書こうかと思ったが、
孫のお前に今更、とも思ったので、
散々悩んだ挙句、いつもの呼び名で書くことにする。

翠(すい)が亡くなった日は、櫻が満開で、
夜、大森病院まで走ったあの櫻来坂では
櫻の花びらが狂っ

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【とある深夜のシンヤたち】-とある深夜の榛原信哉(ハイバラシンヤ)-

傘の下、

昔読んだ国語の読解テストの文章を

ぼんやりと思い出す榛原信哉である。

小さな女の子が森に迷い込んでしまって、

その森の奥には三人のおばあさんの魔女がいて、

透明なビニール袋にいっぱいの、薄いピンクの桜貝を詰めて売っていて、

そのサクサクなる音や色や見た目があまりに愛らしいので、

女の子が手元に持っているお小遣をはたいてそれを買って、

その後すぐにうちに帰る道を見つけて、

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【とある深夜のシンヤたち】-とある深夜の向坂晋也(サキサカシンヤ)-

地下鉄の終電の車内で、

マスクをしているオッサンの数を

心中にてカウントするは、

向坂晋也(サキサカシンヤ)、25歳である。

ヴィレッジヴァンガードで手に入れた

黒く大きなヘッドフォンには、

両方の耳あてのど真ん中に白い星があり、

買った頃には「割とかっこよくね?」と思っていたものだが、

今となっては年の割にバカっぽく見える感じだ。

5年ものである。

しかも、い

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櫻来記【小説】

櫻来記【小説】

今日のことを忘れないように、

なんて、

その時34歳だったお祖父ちゃんは云って、

未来の孫である16歳の私に

その桜の携帯ストラップをくれたのだった。

だから、私は忘れないようにこの日記を書こうと思う。

お祖父ちゃんはその頃からお酒に弱くて、
500mlのキリン一番絞りの缶を半分くらい飲んだところで
もう酔っ払っていた。
家から一番近いローソンにそれを買いに行って、
そのすぐ側の公園に

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ごたまぜのオレンジ 【小説】

ごたまぜのオレンジ 【小説】

煙草の煙をゆっくり吐き出してから、その人は云った。

「また新しい人が来たよ」

その人は小学生塾の理科の先生だった。
白衣がなぜかいつも薄汚れていて、
黒ぶちのめがねをかけていて、
ひげも生えていて、
髪もぼさぼさで、
完全におじさんだったけど、
笑うと、
その辺のいる男子と変わりがなく見えたので、
みんな、その人のことを
『リクちゃん』と呼んでいた。

「ささげはるかだよ、リクちゃん。知らない

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