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花子出版 hanaco shuppan
2021年10月9日 10:36
始まり 年代物の赤ワインが、透き通るほど磨かれたワイングラスに注がれていた。ワイングラスは高層ビルから溢れる光を受け、薄い縁が刃物のように輝く。二つのうち、片方のグラスの縁には、薄い桃色の口づけが付いていた。グラスの間に置かれたキャンドルは、親指くらいの炎を上げ、時の経過を穏やかに奏でつつ、テーブルを挟む若い男女を眺めていた。どこか、覚束ない炎だ。空調が効き過ぎているわけではなく、紺色の蝶ネク
2021年10月18日 07:06
吉田の戦い 対峙していた吉田と宮本は、戦術を探り合うように距離を詰めてゆく。吉田は左手を前に突き出し、右手は腹部付近に置き、膝を軽く曲げた構えだ。吉田が摺り足で動いていると、ボクシング出身の宮本は俊敏な足取りで吉田の背に回ってゆく。背後を取られると、試合運びが困難になるだろう。 大輔は、年末に家族と格闘技の番組を見るほどの知識で、格闘技に関して博学ではない。既知は、ゴングが鳴り、ゴングが鳴
2021年10月19日 07:29
-大金を手に-「お疲れ様です」 大輔は言った。吉田は表情を変えず、勝利に喜んでいる素振りもなかったが、肉体には汗が輝き、戦果を称え、美を更に修練させていた。 吉田はパイプ椅子に座り、試合前と同じように腕を組んでいる。すると黒いスーツを着た男が吉田に近付き、白色の分厚い封筒を渡した。吉田は封筒を受け取り、中身を確認することなく、大輔に差し出した。これはなんだと思いつつ、大輔は封筒を受け取
2021年10月20日 07:31
戦いを終えた吉田はどこに行くのか「吉田さん、もうお出掛けかい?」 警備員が問い掛けるも、吉田は答えない。「今日も晴天だから、墓参り日和だよ。あ、君は、斎藤大輔くんだね。お帰り。はい、これが預かった荷物」 警備員は、大輔の荷物をテーブル上に乱暴に置いた。「君。ここで見たことは絶対他言したらいけないよ。絶対にね。命を粗末にしちゃいけない。君は若いんだし。何歳かい? ほう、二十歳かい