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治るのが困難、とは、治らない、ではない。


 朝、起きようとした途端、身体の異常に気付く。脚が、重い。何か重い棒が身体についている。脚ではなく、いうことを聞かない棒だ。

「久しぶりだな」

思わず、声が出た。少しかすれた、喉の奥に引っ掛かりがあるような声だ。


 肩も首も、何もかもが痛い。腕を回したり、首を回したりして、少しでも痛みや重みを、軽くしようとする。さほど変わらない。足の裏も痛い。恐らくこれは、身体の疲れだ。記憶にある、精神由来の、鉛の繋がった重い身体よりは、気持ち悪くない。


 長らく寝たきりで運動不足なのだ。動き回れば、疲れが出るのは当然だ。それよりも、精神的な疲れを心配していた。どうやら、杞憂に終わりそうだ。あまり心配して、不安になったら元も子もない。


 昨日は久々に、外に出た。友人に誘われ、お茶をしてきたのだ。特に何をしたということもない。ただ、外食をし、話をした。それだけでも、引きこもりには十分すぎる運動だ。店まで歩き、電車にまで乗った。ああ、疲れた。


 私は、精神病者である。夜も眠れぬ、神経の細い者がなる病だと思われるが、そうでもない。よく食べ、その分の肉を付け、よく眠る。この、よく眠るというのがいけない。夜に深く眠るということならいい。そうではない。文字通りよく、眠る。朝でも、昼でも、夜でも眠る。一日中、眠っているのだ。


 朝、だと思ったが、時計を見るに、もう昼が近い。かろうじて午前に起きられたのは、やはり予想よりは良い結果だ。


 先月まで、入院していた。精神病にも、手術という治療法が効くとは驚きだ。脳に、電気を通す。分かりやすい。なんと直接的な治療だろうか。


 精神病とは、結局の所、脳に問題が起こっている状態だ。オーバーワークに疲れ、混乱していることがほとんどだろう。胃潰瘍になれば胃を治療するし、腎不全ならば腎を治療する。精神病で脳を治療するのはなるほど、当然のことらしい。


 修正型電気けいれん療法。これが入院して受けた治療の名前だ。電気でけいれんを起こす、そういった手術を何度も受けた。全身がけいれんすると危ないから、全身麻酔と筋弛緩薬を投与される。脳をけいれんさせたからといって、どうして精神症状が良くなるのか、詳しくは知らない。


 友人は言った。

「退院してから、声が明るくなったね」

どうやら、治療の効果は出ているらしい。


 脚が痛い。朝食か昼食か分からない食事をしたが、身体の痛みは変わらない。起きた瞬間に感じたよりは、重さは軽くなった気がする。


 今までならば、出掛けた次の日は一日中、ベッドの中だった。過眠。眠りが過ぎる。分かりやすい症状名だ。午前中に起き上がり、以降起きていられるなど、考えられなかった。明らかな改善と言っていい。


 それでもまだ、過眠は続いている。ぎりぎり午前中に起きたが、十時間以上は寝ている。今までが異常過ぎたのだ。退院後もまだ、一日中眠気と戦う日々は続いている。すっきりと健康体になることは、出来なかった。


 難治性うつ。十年近くの間、様々な薬を飲んだ。あらゆる組み合わせで試したが、どれも十分な効果は得られなかった。十年経ってやっと、投薬治療では不十分だと分かってやっと、手術となった。そんな治療法があるなら、早くやってくれれば良かったのに。


 ようやく、スタート地点に立った。これから、副作用が少なめの薬で治療していく。手が震えたり、動悸が酷くなったりしないで済むのは有り難い。二ヶ月の入院で、治療が終わるはずは無かった。治るのが困難だったものが、治せそう、そんなスタート地点までやってきたのだ。


 ああ、長かった。


 ああ、これからだ。


 ここから、治療がスタートする。


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