見出し画像

何の変哲もないタルトタタンが忘れられない味になった日。



『カレーパーティーをするから、
おねえちゃん、お母さんと来てね♡』




え?
カレーパーティーってなに??
カレーでパーティーってどゆこと??
あの子はインド人にでもなったんか??
いろんなカレーが出てくるってこと??
ナンが果てしなく出てくるとか??
わんこそばよろしく果てしなく…
そういうこと、しそう。
どうしよう、わたし少食なんですけど。




なんてことを思いながらスケジュールを確認したのが、一ヶ月ほど前。突拍子もないお誘いが多い我が妹の家へ…謎のカレーパーティーへ行く約束をした。


母と待ち合わせをして、小一時間、車を走らせる。今日の天氣予報は曇りで、空の顔色は忙しない。今にも降り出しそうな雲の下をくぐったり、晴れ間と日差しにさらされながら、助手席の母のお喋りに付き合う。わたしと出掛けられることだけでも喜ぶ母だが、娘二人に氣兼ねなく会えることがなおさら嬉しいのだろう。だいぶお年を召されてきた母だが、ウキウキしている姿は可愛らしい。


『カレーパーティーって言われたからね、ナンを買ってきたの。あそこのお店に聞いてみたらね、ナンだけのテイクアウトもできたの。』


実家の近所にある、外国人が経営しているカレー屋のことだ。お店ができたころ母に連れていかれたことがある。ナンは厚めの生地で食べごたえがあり、確かに美味しかった。プレーンとチーズ、2種類のナンを買ってきたらしい。なるほどこれ、ナンの匂いだったのね。車内に漂う匂いについて言及しなかったのだが、自ずから正体が明らかに。きっと妹はそのお店には行ったことがないのだろう。食べさせてやりたくて買ってきたのだろうな。だって母は、そういう人だから。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


インターホンを鳴らすと、義弟が玄関を開けてくれた。玄関にまで、なぜかカレーではなく甘いバターの薫り…幸せの薫りが漂っている。『タルトタタンも焼くからね!』と言われていたのを思い出した。朝食が少し遅かったので空腹ではなかったのだけれど、一氣に食欲が湧いてきた。


部屋に入ると、飼い始めたと聞いてはいたが、未だ相見えることのなかった文鳥が、かごの中でぴょんぴょんと、あっちへ行きこっちへ行き、跳ねまわっている。まともに鳥を間近で見るのは実は初めてで、かごの前でじっと見つめてしまう。鳴き声も動きも可愛い。犬と猫ならいけると思っていたけれど、うん。鳥も好きになれる…かも。


目の前の文鳥ではなく、今度は頭上から可愛らしい音色と共に、鳩時計が鳴った。渋滞していたので遅刻し、時刻は13時になっていた。『うわ、懐かしい』と思わず声をあげる。何年も前。まだ一緒に暮らしていたころ、妹の部屋から一時間おきに鳴っていた音。あの頃は、『うるさい時計買ってきたな…』と思っていた。


実はナンを焼こうと思っていたらしい妹たちが喜んでいる。タルトタタンを焼くことにしたので、ナンはやめたらしい。実は少し前にタルトタタンを初めて作った妹が母に話したところ、『食べたいからまた今度作ってね』とリクエストしていたとのこと。思いがけずナンがやって来たので、白米はみんな少なめにする。そうすれば一通り楽しめる。こうして義弟が作ったカレーライス、サラダとナンが並び、4人で食事をする。


母は、ごく普通の、何の変哲もないカレーライスが好きだ。味氣ない表現をすれば、市販のルーを使って誰でも作れるような、王道の『ザ・カレー』とでも命名できてしまうカレーが好きなのだ。ちなみに母は調理師免許を持っていて、娘の贔屓目抜きにしても料理はかなり上手い人。そんな母が超ド定番な味の誰でも作れるカレーが好きなのは、こどもたちが作る料理の定番だからで…もしかしたらそんな想い出が、母の中にあるからかもしれない。


一口食べるなり『美味しい!!』と絶賛。義弟は『普通のカレーですよ』と遠慮がちだが、それでも満面の笑みで美味しいと言われて嬉しそう。カレーもサラダもナンも、全部美味しくて、会話も弾んで楽しいひとときを過ごした。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


わたしは建築出身。住宅関係の仕事もしていた。妹夫婦が家を建てようとしているのは知っていたが、妹夫婦はのんびりなので、随分前から話が出ているのに全く進展しないでいた。近頃、また住宅展示場を見に行っているらしく、話題は家を建てることへと移っていく。あのメーカーはどうですか、あの工務店どうですか、敷地がこうなっていて、などなど。いろいろ聞かされ、質問もされた。


そんなこんなでお喋りをしていたら、あっという間におやつが食べられそうな時間になった。妹のタルトタタンが出てくる。林檎がキレイに並べられたそれは、見た目にも可愛く、視覚と嗅覚だけでも幸せになれる。


カフェオレを淹れてくれて、『いただきます』と手を合わせる。


すると妹が、スマホをこちらに向けている。ピコンと鳴った。母は氣づいていないようだが、動画だった。


『美味しい?』と妹がにやにやしながら聞く。何を企んでいるのかと思ったが、食べてもらい美味しいと言われる瞬間を撮りたいのだろうと理解し、『美味しいよ』と思ったことを素直に口にする。だって美味しかったから。


『よかった。じゃあ、お母さんにはこれ。おねえちゃんにはこれをあげます。』


そう言って手の平サイズの、何の変哲もないメモ用紙を二つ折りにしたものを、母とわたしそれぞれに寄越した。


わたしが手渡されたメモを開くとそこには、妹の見慣れた丸っこい字で。



『こどもが^^』




の文字。一瞬の『???』のあと、『え!!!!』と理解した。





『できたの!?』




と確か、わたしは口走った。右隣にいた母は、『うん、できてるね~』と、恐らく『タルトタタン上手にできてるね』的なことを、悠長にのんびり口にした。


母よ。絶対に氣づいていない…!!


主語がないのだから仕方がない。


妹よ。わざとやっただろ?





母の手にあるメモの横に、わたしのメモを並べて見せた。


わたしと母の手の平には、幸せの報告が並んでいた。





『こどもが^^』 『できました^^』





もうそのあと誰が何を口走ったのか、憶えていない。




『え!?嘘!!』
『ほんとに!?』
『おめでとう!!』




わちゃわちゃが止まらない。頭でも心でも理解した母は、テーブルを挟んで向かいに座っていた妹のもとへ回り込んで駆け寄って、妹を抱き締める。すかさずわたしは妹の手にあったスマホを受け取り、その様子を撮影する。


よかった、よかった、おめでとう、よかった、嬉しい、本当に嬉しい、お父さん、お父さん、ありがとう、お父さん、よかったね、よかったね…


母は何度でも同じことを言う。泣きながら。何度でも…







結婚して5年。こどもができにくい体。
母は、心配していた。そしていつも祈っていた。
元氣な赤ちゃんをいつか…と。







嗚呼。
これを幸せと呼ばずして、何と呼べばいいのか。愛する母。愛する妹。抱き合う二人の間に、まだはっきりとはわからない、でも確かにある、小さな命。隣で二人を見て笑う義弟。この光景に幸せ以外の名前など付けられぬよ。おねえちゃんだって泣くよ。そりゃ。泣くだろ。今日アイラインいい感じに描けたのに。





わたしのアイライン返して。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この日、妹の家で食べたものはすべて、”ありふれた美味しい食べ物たち”だった。カレーも、タルトタタンも。それなのに、なんという調味料であることか。幸せとはとんでもない味をもたらすのだ。とんでもないことに、報告を受ける前に食べたカレーだって、一口目のタルトタタンだって、なんならフライングで飲んだカフェオレだって。忘れられない味になってしまった。幸せな氣持ちで口にするものとは、こんなに美味しく感じられるものなのか。わかってはいたけれど、知ってはいたのだろうけれど、どんな有名店で食べるカレーよりも、タルトタタンよりも、この日、妹の家で食べたカレー、タルトタタンに勝るものはないのだ。








本当に心から、幸せを感じている。おめでとうが言える。嬉しいなと思う。泣けてくる。









これを幸せと呼ばずして、何と呼べばいいのか。















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


こどもは、親を選んで生まれる。
泣く母の横で、同じように泣く妹のお腹の命は、我が妹を選んだのだ。






あなたのママになる人はね、動物が好きです。こどもも好きです。食べることが好きです。歌うことが好きです。ピアノが好きです。天真爛漫でのんびりちゃんです。よく朝寝坊します。どれだけアラームをかけていても起きないときはマジで起きません。隣の部屋からアラームを止めに行ったことがあります。道を覚えるのは得意ですが算数ができません。読む本はわたしと違ってブラックユーモアが多いのでわたしとは趣味が合いません。絶妙に笑える変な動画を見つけては送りつけてきます。コロナになったとき手作りマスクを大量に作り、『おねえちゃんマスク困ってるでしょ!送るね!』とたくさん郵送してくれた優しい子です。”Attention”と題したおもしろおかしなオリジナルマスクの取説まで寄越すおもしろい子です。そしてなぜか、こんなおねえちゃんのことを大好きでいてくれる貴重な存在です。


きっと、ステキなママになると思います。だからどうか、無事に生まれてきてください。そしていつか、どうしてママを選んだのか、教えてください。伯母として、わたしはあなたを生まれる前から全力で応援しているし、大好きです。


今日の動画は、あなたが生まれる前からあなたが愛されていたことの記録として、いつかあなたにお披露目されるでしょう。パパに報告したときの動画もあるそうです。そして明日は、パパのご両親へ報告に行くそうなので、きっとそこでも撮られることでしょう。


今日おなかの向こうで号泣を披露したあなたのおばあちゃんが、帰宅して仏壇に手を合わせ、あなたのおじいちゃんに泣きながら報告しただろうことも目に浮かびます。わたしの手元には、あなたのママが寄越したメモはありません。おばあちゃんが持って行きました。きっと今、仏壇に供えられていることが容易に想像できます。そして、わたしが今日こうしてnoteに記していることも、全部、全部、生まれてくる前から、まだ出逢う前から、あなたを愛していることの証です。







来年の春。
出逢えることを心待ちにしています。あなたが来てくれたので、パパとママはやっと本氣で家を建てようとしています。ね、のんびりちゃんたちでしょ。ちょっと間に合わないかもしれないけれど、新しいお家で暮らせると思います。その時にはまた、カレーライスと、タルトタタンと、カフェオレでもいただきながら、あなたのどんな姿も愛でて、今日の味を超える幸せの味を、噛みしめるのだと思います。





あなたが女の子だったらどうしよう。あなたのいとこたちにも貢いだから…





女の子だったら、もっとやばい。もちろん男の子でもめちゃくちゃ可愛がるよ。レゴだったらいとこのお兄ちゃんたちにもらいなね。たくさんあるからね。





嗚呼。
すべての命は有難く、尊い。
今日の出来事を幸せと呼ばずして、何と呼べばいいのか。





生まれる前から大好きだよ。
だから安心してその命を、楽しみに来てね。





それにしても、とんでもないカレーパーティーだった。






妹をママに選んでくれて、本当にありがとう。





幸せを、ありがとう。






flag *** hana



今日もありがとうございます♡






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?