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服とあいつの思い vol.2〜ロンドン ロマンス マッキントッシュ〜

服とあいつの思い

ファッションスナップさんで以前連載されていた〝服とあの子のはなし〟という連載のオマージュ企画。

服を題材に男性を主軸とした短いエッセイストーリーです。

今回はイギリスの名門Macintoshのダッフルコートに焦点を合わせました。



〜ロンドン ロマンス マッキントッシュ〜


真冬の大阪駅
ここは梅田、日本第2の都市大阪にして、その中で最も都会的な、そんな場所。
金曜日の夜7時だと、人の多さは尋常じゃない。
大阪駅は横幅よりも、特筆すべきは縦の高さだろう。
日本の数多い駅で比較してみても、大阪駅に匹敵する規模の駅は両の指で数える程しかない。

時空の広場はそんな大阪駅の最も高い所に位置する場所で、黒のポール、その上に金色の時計が置かれた、大きな時計台がそびえ立ち、その周辺が待ち合わせスポットとしてよく使われている。
クリスマスが過ぎ、バレンタインも過ぎ、季節はもう少しで3月になろうとしている。
しかし冬の寒さはまだ消えない。

春が訪れれば清香との距離が遠のいてしまう。
駿は大阪で内定が出たためこのまま残るけど、清香は実家の大分県へ戻って就職。
地元の役場で採用が決まったらしい。
清香と会うのはクリスマスの少し前。
清香が当時付き合っていた2つ年上の彼氏に振られたクリスマス直前から、駿は清香に会っていない。
駿は連絡を入れられずにいた。
しかし後一月ほどで僕達は別々の道を行く。
ここがラストチャンスとなる、そうわかっていた。だからこそ、今まで無理に誘ったりはしなかったが、今回だけはどうしても、会いたい。そう伝えた。
10分ほど前、清香から少し遅れるとの連絡がスマホに入ってきた。
7時半に予約していたグランフロント大阪のイギリス料理店に電話して、少し遅くなると連絡を入れる。
コース料理の予約は、思ってたよりも簡単に時間を遅らせることが出来た。
右手に持った薄いピンクのペーパーショッパーを、大切そうにバックパックに入れ、時計台に背中を預ける。
手持ち無沙汰になった駿の両手は寒さでかじかみ、連絡を待つスマホを落としてしまいそうだ。
そう思った駿はスマホを握ったまま両手をマッキントッシュのダッフルコートのポケットに突っ込んだ。
キャメルのダッフルコートはどこか残る幼さと、責任感を持たなければいけないという大人っぽさの両面が垣間見え、学生であり、もう学生でない、そんな駿の心情を表している。
グリーンのタータンチェックのテーパードパンツと、茶色い革靴。そして駿が大人っぽさを最大に引き上げようとしてコートと中に着込んだグレーのニットが、イギリスの学生を思わせる、そんな雰囲気を漂わせた。

口から出る白い吐息を見上げ、昨日から我慢しているタバコに手が出そうになるが、それを必死で押さえつける。
周囲の一人ずつ立っている男女が次々とパートナーを見つけ合い、カップルになって歩いていく。
1人、また1人、駿の周りに居た無表情だったり、どこかムスッとした人、不安そうな面持ちの人達はみんな相手が来たと同時にその表情を和らげ、笑顔になってどこか遠くに歩いていく。

マッキントッシュのポケットの中が震え、スマホを見るともう着くよと清香から連絡が届いていた。
時計台近く居るよと連絡したが、気が気でない駿はカバンから薄いピンクのペーパーショッパーを取り出し、ネックレスの入った箱が傾かないように、大切に左手に持ち直す。
念の為、見つけられなかったらと思い目の前の長いエスカレーターまで歩き、清香を迎えに行く。
しかしエスカレーターを登ってくる人混みの中に清香は居ない。
連絡はあれど、駿の心の中には不安と小さな絶望が現れてきた。
またコートのポケットの中が震え、スマホを見ると清香からの電話が来ている。
不安、そして絶望が少しずつ膨れてきた駿は意を決して電話に出ると
「迫田君?私今着いたところなんだけど、迫田君見つけられなくって…」
上からエスカレーターを覗き込んでいた駿はハッと後ろに振り返り、銀の大きな時計台の方を見据える。
すると時計台の下に清香がキョロキョロと、好奇心旺盛な、それでいてどこか不安げな目で辺りを見渡している。
左手に持った薄いピンクのペーパーショッパーを腰の後ろに回し、人混みの中を、駿は少しずつ清香の方へと歩いていく。

「あ!迫田君だ!探したんだよ!よかった、私置いてけぼりにされちゃったかと思ったよ〜」
先程までの不安そうな表情はどこやら、駿を見つけるなり清香は小走りで人混みの中を掻き分け、駿のもとへやってきた。
「あれ?迫田君ってダッフルコート持ってたっけ?なんだかイギリスの人みたい!」
少し驚きつつ笑いながら、いつもの屈託の無い表情で清香は駿を見ながら笑顔を作る。
「あ、ごめんね遅くなっちゃって!色々と時間かかっちゃって…」
駿は清香にお店の時間をずらしたことを伝えると、清香はまた屈託の無い笑顔で良かったと安心した。

人を掻き分け、時計台から少し離れた場所に移動し、駿は左手に持った薄いピンクのペーパーショッパーを清香に差し出す。
中には清香に対する今の気持ちと、清香が好きそうなピンキーリングがチャームとなったネックレスが入っている。

金曜日の夜
人は多い。
まだまだ夜は始まったばかり。
グランフロント大阪に続く長いエスカレーターを降り、予約しているイギリス料理店へと向かう。
冷たく強い風が吹き、寒さを感じるのと同時に、清香の右手は駿の左手を強く握った。
駿はそのまま清香の右手と自分の左手をマッキントッシュのダッフルコートのポケットに入れ、すました顔でこう言った。
「君の元彼、トーマス・ヘンリーよりも、君のエスコートは僕の方が上手くないかい?」
すると清香はいつも誰にでも見せる笑顔とは違い、ニヤッとした、どこかいたずらっ子っぽい表情で
「そういうことにしといてやるよー」
と、少し距離感を間違えながらも、駿の左手をギュッと握った

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