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歯欠けと歯抜けと補填され得ぬ損失/連載エッセイ vol.73

※初出:知事認可・岩手県カイロプラクティック協同組合発行、「ほねっこくらぶ通信 vol.75(2013年・第2号)」掲載(原文ママ)。

長らく続いている、この『エッセイコーナー』。
その内容に関する『しばり(ルール)』は1つ、ズバリ『この仕事』に関係する事、または関連させ得る事。

まぁ、『組合通信』という媒体に連載している以上、当たり前と言えば、至極当たり前の事であるが、近年、私自身、『海外出張&研修』が多くなってくるにつれて、自然と内容もその事に関する事へ集中。

昨年一昨年を振り返ってみても、12本中、なんと11本が『海外ネタ』。
そして前号に至るまでは、8本続いてソレなのであった。

いやはや、毎回ネタを捻り出さなければならない製作者の立場としては、『海外』サマサマである。

しかしながら、今年は予定されている『海外出張&研修』が、前号で紹介した『アメリカ』を含めて、4回しかなく、今回が丁度その『ローテーションの谷間』。
そんな訳で、今回は久々に『非・海外ネタ』。
そしてどうせなら、至極個人的な内容にしようかと思う。

話は昨年の終盤に遡る。

それは自宅にて、食事を楽しんでいる時の事であった。
身体には良くないと知りつつも、ついつい早食いな私は、その日もいつもと変わらず、口腔いっぱいに食べ物を頬張って、至福の時を過ごしていた。

そして何かの拍子に、舌先が左上奥歯の表面をなぞった時…何とも言えない『違和感』が脳裏を掠めた。

『あれ…!? 
 俺の奥歯って…こんな形してたっけ?? 
 …いや…コレ明らかに凹んでいるよなぁ…
 えぇ、エグれていますとも!!!!』 

…そう、いわゆる『詰め物』がいつの間にやら取れてしまっている状態だったのだ。

しかも…その離脱した『詰め物』は『行方不明』な状態。
いかに私が食いしん坊でも、『金属』を食する嗜好はない。

無尽の宇宙空間を行く小型探索機よろしく、身中の『消化管』の中を小舟の様に彷徨っているであろう金属小片の行方を想いつつ、私は数年振りに歯科医のお世話になる事を決めたのであった。

予約当日。

めったにプライベートな時間が確保できないワタクシ、『オサレ番長』の面目躍如と、ここぞとばかり通院には不釣り合いな服装を身にまとい、いざ出発!! 

まぁ、歯科で働く女性には、あの『マスク効果』もあって綺麗な女性も多いという勝手な印象がある為、かつては『そのファッション、素敵ですね♪』などいうきっかけで甘いロマンスが始まるやもしれないという、男性特有のバカな妄想を膨らませた事もあったが、以前、そんな気合十分な状態のワタクシを担当した歯科助手さんが、なんと教員時代の教え子で、しかも結婚出産を経験し、そして今、離婚を考えている…という衝撃の事実に口腔内をいじくられながら向き合って以来、自分が既に十分歳を重ねている事を自覚し、過度の期待は抱かないようにしているので、大丈夫である。(←ナニが??)

ただ、普段、ヘルスケアサービス従事者としてお客様に対応している人間として、自分がお客様の立場に立てる通院経験は実に貴重である。

予約制なのに、なんでこんなに待たされるんだろう…。
診察台で待っている時、こんなにも患者さんは緊張するもんなんだなぁ…。
スタッフ間のやり取りって、案外耳に入ってくるもんなんだなぁ…。
あのバッチリ『目ぢからメイク』な女性スタッフの…マスクを外したお顔を拝んでみたい…。(大丈夫デス!!←ナニが??)

そうこうするうちに、担当の方がやってきて、対象部位のチェック。その後、他に気になる所はないか尋ねられたので、以前処置して貰った、左下奥歯に被せた『銀歯』の調子が気になる旨を伝えたトコロ、すぐさまレントゲン撮影。

そしてその写真を見た途端、その方は表情を曇らせて、一言。

『あ~…コレもう厳しいかもしれませんね。
 歯を抜かなきゃならないかもしれません。
 今なら前の方の根っこは残せるかな。
 よし!!
 コチラの処置から先にやっていきましょう。
 次回抜歯しますんで
 処方された抗生剤を飲んでいてください。
 今日は以上です、お疲れ様でした~♪』

……え…え…えぇ~?? 
ちょ…ちょっと待っておくんなまし!! 

ワタクシ、左上奥歯の処置をして貰いに来たんですケド…。
むしろ急ぐのソッチなんですケド…。
しかもいきなり『抜歯』だなんて…。
あの…コレちなみに『大人の歯(永久歯)』ですよ~…。

混乱する私を余所に、淡々と笑顔で退出を促され、そのまま受付にて次回分を予約。
処方箋を持ち込んだ薬局にて抗生剤を受け取って帰宅。

『こんなもんなのかな~。』と、凹んだままの左上奥歯と、ダメ出しされた左下銀歯を舌で突きながら……しかし沸々と湧き上がる違和感…。

なんか…おかしくないか?? 

例え提示された方法が最善の方法であったとしても、ナニより私自身が納得していない。
そう…これは所謂『インフォームド・コンセント(説明と同意)』不足ってヤツじゃあないですかぁぁぁ~!?

翌日、仕事の合間を縫ってクリニックへ電話を掛け、間近に迫ったアメリカ出張を言い訳に、左上奥歯の治療を優先するよう要望。
これがあっさり了承(じゃあ、先日の治療プランはなんだったんだよう!!)。

次回の通院時、早く対処する事で左下奥歯を少しでも残せる可能性についての説明を受け、まずはコチラの要望通り、左上奥歯の処置を優先。
無事、歯欠け状態を回避しつつの渡米となった。

確かにクリニック側からすれば、良かれと思って取った対応かもしれない。

しかしながらこのご時世、患者側への十分な説明のないままの治療は、その良し悪しに関わらず、成り立ちえないモノであり、事実、患者としてこれ程まで不快に思うものであるとは、我自身、改めて驚き感じ入ってしまった。

歯科医は、我々と同じく『技術系』のサービスを主とする傾向にあるが、それだけにプロによる『独断の最善』を押し付ける事なく、相手方の心情に沿った対応が必要なんだなぁ…と改めて肝に銘じたエピソードとなった。

後日談を語れば、未処置の左下奥の『銀歯』は、帰国後、好物の干し芋を食している時、まさに自らの役目の終焉を悟った『ゴー〇ングメ〇ー号』の船首がそうであったように(国民的某マンガ参照!!)、前触れなくポロリと抜け落ち、結局、土台となる歯根も使い物にならない事が判明し、泣く泣く人生初の永久歯抜歯をする羽目に…。

完全に麻酔が効いた状態で、一切の痛みも感じず、物理的な振動のみが伝わってくる中、確実に引き剥がされていく己の『一部分』の最後の抵抗を感じながら私は、ちょっとやそっとの怪我など恐れずはしゃぎ回った若い頃には感じ得ない、『身体には絶対に再生されない損失がある』という、当たり前の事実に向き合っていた。

これが『老い』という事なのであろうか?? 

とりあえず『親から貰った身体は死ぬまで大切にしなくちゃな…これで、患者さんへの説明も説得力が増すかな…』などと、『ヘルスケアの根本原理』について、ポロとして今更ながら、そして恥ずかしながら再認識する私であった。

術後、対応した歯科医から…

『出血も少なかったですし…ナニより、血液サラサラですね~!! なにか身体にイイ事されてるんですか??』と投げ掛けられた問いに、『いぇ…特になにも…』と口籠ってしまったのは、何も麻酔の効きが良すぎただけではないような気がした四十路前の春であった。


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