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掌編

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【掌編】蛇使い

【掌編】蛇使い

 蛇使いはいつも上から下までゆったりとした黒ずくめの格好で、蛇と共に静かに町に現れた。決まって日の沈みかけた、明るさと暗さの混じり合う夕方の、商店街の出口近くに陣取っては、芸を披露していた。所定の位置について準備を始めると、観客たちはどこからともなく一人、また一人と現れた。辺りには開いている店も人通りもまばらだった。それでも蛇使いの周りにはいつも必ず複数の観客たちがいた。
 蛇使いが無言のまま小さ

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【掌編】嵐の図書館

【掌編】嵐の図書館

 その日、図書館はいつものように平穏で、何も変わったところはないように見えていた。棚には沢山の本が整然と並び、利用者たちは静かに本を選び、読んでいた。外は真夏の盛りの晴れた日差しでうだるような暑さだったが、空調の効いた館内は快適だった。天井や壁は綺麗な真っ白に塗り直されたばかりで、職員たちは落ち着いて仕事に励んでいた。
 初めはその天井に、ぽつりぽつりと小さなしみができ始めただけで、まだ利用者も職

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【掌編】鼻の出現

【掌編】鼻の出現

 その日、私は初めて入ったカフェにいました。友人との待ち合わせの駅に、珍しく約束の時間よりも早く着き、時間をもてあましていたためです。カフェは駅前にある昔ながらの純喫茶で、店内は少し暗いけれど落ち着いていて、雰囲気の良いお店でした。店内にはカウンターの向こうに老紳士のマスターが一人いるだけで、私の他にお客さんは一人もいませんでした。
 私は窓際の席に座り、まずホットコーヒーを注文しました。一息つい

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【掌編】脳の中の革命家

【掌編】脳の中の革命家

 その男の脳の中には革命家が住んでいた。男はうだつのあがらない、小太りな中年のサラリーマンで、誰の印象にも残らないような、地味で平凡な人間だと思われていた。男は友人や家族をもたず、いつも一人でぼんやりと無気力に生きていたが、その脳の中にはもう一人、革命家が住みつき、共に暮らしていた。
 革命家は革命の成就を目指し、落ち着いて計画を練れる場所を絶えず探してきた。知的な活動を行い続ける脳は計画を練るの

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【掌編】頭と体

【掌編】頭と体

 草原に一頭の馬がいた。馬は頭を下げ、黙々と草を食べていた。生え揃ってきたばかりの、若く青々とした草は新鮮で、頭はその歯ごたえや香りや味に夢中になって、一心不乱に草をむさぼり続けていた。
 頭以外の胴に足に尾といった体は、初めのうちは頭が草を食べ終えるのを黙ってじっと待っていた。しかし草はあまりにも美味しく、頭はあまりにも草に夢中で、いつまで経っても食べ終える気配がない。延々と草を食べ続ける頭を待

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【掌編】酪農

【掌編】酪農

 酪農家は不思議に思いながら、牛舎の中にずらりと伏して並んだ、沢山の牛たちを目の前にして立ち尽くしていた。白地に黒い水たまりを浮かべた牛たちは、まだ日が昇ったばかりの明るい朝なのにもかかわらず、揃ってすやすやと深い眠りに陥っていた。
 酪農家は一日の始まりと共に牛舎に入ると、いきなりこの光景を目の当たりにした。困惑したまま愛しい我が子のような牛たちに向かって、声をかけてみたり、体をさすってみたり、

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【掌編】木の根もとを掘る犬

【掌編】木の根もとを掘る犬

 緑の葉が密になって生い茂る一本の大きな木が、ゆるやかな風に揺られながら立っている。犬はそびえ立つ木の近くにとまり、その根もとをじっと見つめている。雑種の小型犬で、白と茶の入り混じったふわふわとした体毛で全身を覆われている。犬は普段、人に飼われているようで、毛は刈り揃えられ、小奇麗な身なりをしている。しかし首輪は着けておらず、周りに飼い主らしき人の姿はない。
 犬は木の根もとを掘り始める。一心不乱

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【掌編】プールのある展示室

【掌編】プールのある展示室

 私が展示室に入ると中は薄暗く、人の姿はなかった。広い展示室の高い天井からは、配列された照明がぼんやりとした赤と青の光を交互に床に落としていた。光は混ざり合いながら、床の全面を暗い紫で覆っていた。光は展示室全体を、まるで色付きのセロハンフィルムで包んでいるような色合いだった。
 展示室の中央には床をくり抜いて作られた、部屋の大半を占める大きな正方形のプールがあった。プールは床のすれすれまで水で満た

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