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昔語り:小さなLegal Aliens

昔々,40年近く前の事。筆者は親の転勤でイギリスに住んでいた。
14歳で行ったイギリスに慣れるので精いっぱいの日々を送って数年たった頃,親からこういわれた。

「16歳の誕生日から一週間以内に外国人登録をしに警察署へ行かなければならない。昼間しか都合が付かないから授業を休んでいいか先生に言っておけ」

現在はどのように呼ばれているか分からないが、当時外国人登録は「Alien Registration」と呼ばれていた。

ご存じの通りalienには二つの意味がある。一つは異星人。もう一つは外国人という意味だ。

Alienの語感があまり良くないため、「なんでこんな登録なんてしなければならないんだ」という意見も良く聞いた。特にすでに16歳になって登録を済ませた人達から聞くことが多かった。

警察署に出頭する日が来て、私は授業を休み、父と一緒に予約を取った警察署へ行った。時間に余裕を持って30分前に行ったにもかかわらず、すでに20家族ぐらいの長蛇の列が出来ており、予約時間が来た頃には恐らく70~80家族ぐらいが列に並んだ。

手続きは簡単で、名前と現住所、そして出生した街を言うだけ。登録書に付ける写真を渡し、物の数分で外国人登録書が手に入った。

その晩、ラジオを聴きながら登録書を眺めていた筆者の耳に,ある音楽が飛び込んできた。

スティングの「Englishman in New York」だった。この歌のサビでは「I‘m a legal alien, I’m a legal alien, I’m an Englishman in New York」という節があった。
イギリス人でも海外に行くとLegal Alien(合法的な外国人)になるという歌詞だった。

その曲を聴きながら、私は再度登録書を眺めた。名前や住所、国籍が書かれたその登録書の一番下にはもう一行何か書けそうなスペースがあった。

その時、Alienが異星人だったら、自分はどこの星の出身になるか想像を巡らせてみた。

イギリスと言う国で外国人がAlienなら,イギリスは地球という事になる。

それなら、日本の様に地球から一番離れた日本は冥王星ではないだろうかという考えが頭に浮かんだ。

それならばと、地球の他の地域も惑星に当てはめてみた。

地球の傍にある太陽は、おそらく南北アメリカだろう。大きくてエネルギッシュな地域,

その次にある水星はジャマイカなどのカリブ海諸国。豊かな美しい海を持つカリブ地域

アフリカはもしかしたら火星。所によっては火の様に暑い気候をもつ地域。

ヨーロッパは金星。地球であるイギリスと物理的にそう離れていないというだけだが、近くにある惑星。

中東はその次に来る幸運の星木星。

規模が大きく歴史の深いインドや中国は土星だろうか。

東南アジアの島国は海王星。東南アジアも海に囲まれた地域だ。

そして日本や韓国などイギリスから遠く離れた地域は冥王星。遠さを感じさせ、また国のサイズも小さめでぴったりなのではないかと思った。

翌日、学校に行ってキャンパスとキャンパスの間を歩いている時、Alien registrationをやってどうだった、と友達から聞かれた。

「うん,登録はすぐできたよ。私はPlute(冥王星)からとして登録したの」

友達は一瞬何を言っているんだという顔をした。

「ほら,イギリスが地球なら、海外から来た人はAlienでしょ?だから私はPluteから来たって決めたの」

「それじゃ私は何になるのかな」イラン人の子が言った。

「それは幸運の星Jupiterだよ」

「イギリスは地球なの?」
「多分ね。イギリス人はこの国ではAlienにならないでしょ?」

「アメリカとフランスは?」
「二重国籍なんでしょ?じゃあ太陽と金星だよ」

「じゃあフィリピンから来た子は?」という質問があったので、
「Neptune(海王星)から来て、マーメイドとして登録出来るんじゃない?」
と答えた。

この後、星が出て来るポップソングで、Duran Duranの「Planet Earth」やMadonnaの「Lucky Star」を大声で歌いながら私たちは目指すキャンパスへ行った。

フィリピンの子はお姉さんにこの話をしたらしく、私よりも数日誕生日が遅かったその子は「私もAlien registrationしてマーメイドになったよ!」と報告してくれ、私たちは「Congratulation!」とお互い外国人登録をしたことを喜び合った。

警察に出頭するなんて,と嫌がる子もいるが、これは16歳になったという証。めでたい瞬間でもある。そして自分の出身の惑星を選ぶというおまけもついて来てふざけて遊べる。

そんなことがあり,転校した私は次の学校でも外国人登録について話す機会があった。

理解してもらえるかどうかわからなったが、登録証の下のスペースに想像上のラインを描き、そこに自分の出身の惑星を想像で書く。自分が冥王星から来たという事にしているとの伝えた。この時話した友達はこのアイデアを気に入ってくれた様だった。この惑星を選ぶきっかけがスティングの「Englishman in New York」だという事も理解してくれた。

卒業の日が来て、慌ただしく友人達に別れを告げると、翌日に控えていた田舎町への泊りがけの旅行の支度をしながラジオを流していた。すると、誰かがスティングの曲をリクエストした。
DJが「なんでこの曲なの?」と聞くと、ラジオから流れてきたのは友達の声だった。

「僕の友達で冥王星から来た人がいます。でも軌道が回り始めて、イギリスを離れなければならない。その子にこの曲を送ります」

そしてスティングの「Englishman in New York」が流れてきた。

すると、ラジオからは他の友達の声も聞こえてきた。

イギリス人の子はデュラン・デュランのPlanet Earth、イラン人の子はマドンナの「ラッキースター」をかけてもらい,自分は来年木星からとしてAlien Registrationをすると言った。



他の友達もリクエストでスティングの曲をかけてもらった。

ロシアとイギリスのダブルの子は地球と金星、

アメリカとフランスのダブルの子は太陽と金星。

スイスとイギリスのダブルの子はやはり地球と金星。

日本人だから冥王星出身という、一学年上の人もラジオ局に電話をかけてきて、やはりスティングの曲をリクエストした。

その内知り合いではないリスナーもこの話に乗ってきて、「ニュージーランド出身です。来年冥王星人として登録したいな」「マレーシア人だけど海王星人として登録します」
など話していた。

両親の国籍が違う子がかなりの数ラジオ局にリクエストをかけてきた。
「どちらの惑星を選ぶか迷ってる。親がアメリカとフランスなので太陽にするか金星にするか。でも自分はイギリスで生まれ育っているから地球を選ぶかもしれない」

そういった議論が一時間近く続いただろうか。
聞いていて、親の国籍と自分がこれまで住んでいるイギリスのどちらにしたらよいか分からないという子も出てきた。

やはり住んでいる国と自分の国籍の国が違い、なおかつ親の出身国が違うと、事情は複雑でどの惑星にしたものか。選べるなら全部選んでしまいたいと言っていた子たちもいた。

16歳になると義務として行う外国人登録。それをふざけて「冥王星出身」などと言っていた自分にも呆れるが、14歳から15歳くらいの子達が自分は惑星をいくつ選べばいいのか考えてしまう子もいた様だ。

願わくば沢山の星を選んで、外国人登録と言う初めて行う義務をしっかり果たし、互いにおめでとうを言える喜ばしい機会になってくれればいいなと思っていた。

数年後イギリスに再度やってきた時、説明を聞いていなかった日本人が激怒し、「日本人を冥王星出身などと呼ぶのは人種差別だ」とラジオ局に文句を言っていたのも聞いた。
遊び心の無い人なのかと思っていたのだが、巷では「日本人って冥王星出身なんでしょ」というなんともはしょった言い方が独り歩きしている様だった。
また、ディズニーのキャラクターで「プルート(冥王星)」という黄色くて長い黒の耳をした犬がでてくるが、これを黄色人種の特徴である「黄色の肌で黒の髪」に引っかけるように聞こえるのも原因の一つかもしれない。

結局差別語としてこの話は葬り去られたようだが、かの地で初めて自分の義務を果たす16歳の子達が、祝福しあえる素敵な機会になることを遠くから願っている。

また,世界のどこであれ、外国人登録をする年齢になった子供たちが最初に遭遇する責任ある行為でもあると思う。日本で暮らす子供たちが外国人登録をするとき、「おめでとう」祝福出来る機会になってくれるよう願っている。


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