小説|メルクリウスのデジタル庁の年末 第5話 COICA星間協力隊の魂(2)
前回のお話
「ケビンさん、お忙しいところすみません。ちょっと見ていただきたいフォルダーがあるのですが」
私はケビンさんに話しかけた。
「うん?どうした?」
ケビンさんはスクリーンを見つめ、作業の手を止めないまま返事をした。
「電気バリアで弾かれるフォルダーがありました。いつもの弾かれ方よりも強力なので、一度見ていただけたらと思いまして」
フォルダーに弾かれるのはいつもの事なのだが、このフォルダーは今まで扱ってきたものとは、バイブレーションも違う。強力に弾かれた指にしびれが残るくらいだ。自分で対処できないのは少し残念だが、ここは経験者の方に一度確認してもらうのが最善だろう。
「了解。ちょっと待ってて・・・一旦バッチから出てもらえるかな?バッチのバイブレーションをテラ・チーム共通のものにする」
私は言われた通り一度バッチから出た。
一連の作業を終えたケビンさんは、少し汗をかきながら私の作業しているバッチに入った。
「一番上のフォルダーだね?この三五〇TBの」
「三五〇TB・・・ファイルの重さまでは確認できませんでした。」
しばらくファイルの中を確認したケビンさんは、すまなさそうにこちらを向いた。
「申し訳ない、僕の確認不足だった。星間協力隊のリーダー格の魂のフォルダーを扱ったことはまだなかったよね?これは第十四派遣チームのサブリーダーのフォルダー。サブリーダーともなれば千年コースの派遣だが、通常の任務とは少し異なった体験をしたようだな。本来であれば僕がやるべき内容なんだが・・・
今日のような忙しいところで申し訳ないが、いい経験になるから千佳がやってみてくれないかい?ネプトゥーヌスとユピテル・チームにも応援を頼もう。」
協力隊のリーダー?私は思わず武者震いをした。さすがにそのレベルの魂の記録はまだ扱ったことがなかった。テラへの協力隊をまとめる存在の経験値は他とは破格に違う。情報管理者上級試験でも出てこない、さらに上のレベルの仕事とは聞いてはいたが、まさか自分が今この時点でアサインされるとは思ってもみなかった。
ネプトゥーヌス・チームとの共同作業とあれば、恐らく癒しのバイブレーションを使うことになる。入庁して初めて大きなトラウマを抱えた魂のフォルダーを担当したとき、同期でネプトゥーヌス・チームのヨーストと一緒に仕事にあたったことがあるが、あの時と似たような作業になるのだろうか。
私は思わず目の前のデスクにいるヨーストを見た。最近はテラ・チーム関連の仕事をするようになったヨーストは、デスクもテラ・チームに移ってきている。「三次元の仕事はバイブレーションの使い方が違うから面白いよ」と常日頃言っていたっけ。
そしてユピテル・チームも参加するとあれば、祈りのパワーも必要になると私は予想した。ユピテル・チームは外部のエージェントであるジブリール、ミーカーイール、イスラフィール、アズラーイールなどの天使と仕事をすることが多い。庁内でも最重要案件はセラフィムやケルビルなどの熾天使や智天使に相談することもあるとか。天使系のバイブレーションは久しぶりに触れることになる。
ケビンさんから連絡が行ったようで、私の所に各チームリーダーからテレパシーが入った。まずはネプトゥーヌ・スチームのモーリーンさんからだ。
「モーリーンです。フォルダーを拝見いたしました。これはまず三次元レベルの感情を解き放った方が良いと思います。ネーダさん、どう?」
これにユピテルチームのネーダさんが返事をする。
「インシャーラー。こちらも準備万端です。モーリーンさんのおっしゃる通り、まずは感情を解き放つこと。大霊のサポートのための連絡口はお任せください。それが終わったら千佳のバイブレーションを借りて、フォルダーをできるだけ3次元に近づけましょう。」
「千佳は初めてのことがあると思うけど、できるだけスピードについてきてね。第一段階で感情を解き放つときは、自分の感情のように感じることがあるけれども、流されないでしっかり気を保つこと。ではネーダさん、フォルダーの場所にアクセスしてください。」
次の瞬間、一瞬自分がテラの地上に戻ったような感覚があり、その後母性という大きな愛情とコーランの響きからでる大霊への祈りのバイブレーションが私を包んだ。するとフォルダーからは、持ち主の地上での感情が一気にあふれ出してきた。
怒り
悲しみ
極度の飢え
極度の渇き
精神的な苦しみ
寂しさ
極度の暑さへの我慢
極度の寒さへの我慢
熱さ
肉体を走る激痛
圧迫感
窒息間
恐怖感
絶望感
あきらめ
親への切ることのできない愛情
時間にしてものの数秒のはずだが、あまりに無残な感情の渦に、耐えきれない痛みと恐怖を感じた。思わずフォルダーにかざした手を外したくなったが、事前に感情に流されないように注意を受けている。私はフォルダーから出てくるあらゆる感情に耐えた。
その次の瞬間、フォルダーが私の目の前に姿を現した。電気のバリヤーが外れたのか、右手をかざしても弾かれることはない。
「千佳、フォルダーを見られるようになりましたか?そうしたらフォルダーのバイブレーションを三次元に戻してキープください。私たちは五次元のフォルダーの感情を解き放ちますから、その作業が終わった段階で、二つのフォルダーを合体させましょう。」モーリーンさんが続ける。
「モーリーン、今五次元のフォルダーを確認しました。こちらはあまり感情の乱れがないようですね。本人以外の他の隊員たちの感情を共有しているところがやっかいですが」
「ええ。内容は九九六年間ですよね?このサブリーダーは任務の途中で、地上での人生を選択せざるを得なかったようですが、その前の体験は五次元で記録されていますよね。三次元のフォルダーとうまく合致させ、その後ヘリオスのバイブレーションに変換できるよう、サポートをお願いします」
「インシャアッラー。千佳、準備ができたら三次元に戻したフォルダーを今度は五次元まで引き上げてください。フォルツァをゆっくりコントロールして。」
私は少しずつフォルダーの波動を上げていった。三五〇TBもの重さのフォルダーの次元上昇を担当するのは初めてだ。とにかく重い。冷汗が噴出してくるのを感じた。深呼吸を続けながら引き続きフォルツァを使ってバイブレーションを上げ続けた。そのうちフォルダーが徐々に波動を上げ始め、三次元から四次元、四次元から五次元に近づいていく。
「あともう少し。」ネーダさんとモーリーンさんが同時に言う。
ふわりとした感触があり、二つの異なる次元にあった二つのフォルダーが5次元で一つになった。掌には、モーリーンさんとネーダさんの手が合わせられていた感触が残っている。
あとはこれをヘリオスのバイブレーションに変換するだけだ。容量の重いフォルダーを今度は八次元にまで上昇させる。三人の掌が重なっている感覚は続いている。モーリーンさんとネーダさんからは引き続き愛と祈りのバイブレーションが送られてくる。目の前が一瞬白くなり、次元上昇の精妙さに時々ついていけなくなりそうになる。私は深呼吸を繰り返した。そのうち、手を当てているフォルダーがみるみるうちに昇華していき、精妙でデリケートな八次元フォルダーが完成した。
「ここまで。」モーリーンさんの声がテレパシーで聞こえた。
「千佳、良くついてこられましたね。援助隊のリーダー格の人達のフォルダーを初めて扱う人は、時々第一段階で耐えられなくなって、バッチから手を放してしまうことがあるんですよ。よく耐えたと思いますよ。次元の調整もうまくできているので、今後私たちのチームで三次元の案件があったら協力してもらえるとありがたいわ。」
「こちらも。さすがプルートへの転生経験があるから、あの状況でも落ち着いて対処できたのでしょうね。今後三次元の案件があったら、サラさん経由でお願いしたいわ。何度か経験を積んでいけば、もっと早く作業ができるようになりますよ。癒しと祈りのバイブレーションの波動、覚えました?次から別の業務にも使えると思うので、応用してみてくださいね」
「ありがとうございます。お二人のおかげで作業が進みました。今体験したことはいつもの業務で早速応用してみたいと思います。ありがとうございました!」
久しぶりに感じたネプトゥーヌスの愛情のバイブレーションと、ユピテルの祈りのバイブレーションを思い出して、私は一瞬茫然自失となった。
あまりにも大きく深い愛情と祈りの気持ち。家族や魂の守護の存在から受ける愛情ともまた違った感情だった。二人からあれだけのフォルツァが出ているとは。
これだけの作業をケビンさんは日常茶飯事のように行っている。経験を積んでいけばあれだけのフォルツァが使えるようになるのだろうか。まさか今日こんな実践を行えるとは想像だにしていなかった。しかし、いい経験をさせてもらった。忘れないようにまずは明日からの朝の作業に応用してみよう、と私は心に決めた。
あとはこのフォルダーに鍵をかけるだけだ。私はもう一度ケビンさんに話しかけ、鍵の種類を確認する。鍵は通常のメタトロンキューブ神聖幾何学模様とフラクタル幾何学模様、ベクトル平衡体でよいとの事。ただ、できるだけ複雑な模様にする必要があるとのことで、私はもう一度フラクタル幾何学模様のマニュアルに立ち返った。上級者試験でならった基礎は覚えているものの、やはり細かいところは忘れている。自分のエーテルの記憶倉庫にあるマニュアルを確認しながら、私はできるだけコピーするのに時間がかかるようなパターンを作成し、フォルダーに鍵をかけた。
(続く)
(このお話はフィクションです。出てくる人物は実際の人物とは一切関係がありません)
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