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小説 | 島の記憶  第5話 -大人への入り口-

前回のお話


村には石でできた暦をはかる道具があった。一日の影の長さをはかって一年間の暦を読んでいる。石の柱の影が日に日に短くなり、夏至が近づいていた。


私たちの村では、夏至の日を皆の誕生日とする習慣がある。また、村人が元気で一つ年を重ねられた事を感謝するために、海に花籠を流す行事もあった。「初めの人」であるタネーお爺さんをこの浜まで連れてきてくれた海に感謝するためだ。


夏至の日が来て、私は13歳になった。兄と友人のイハイア、そしてヘミの3人は15歳になった。


村では子供が15歳になると、大人の仲間入りとなる。15歳になった兄は、山での狩りと、山の神殿での使いの仕事見習いを本格的にスタートさせた。これまでは人が足りないときにだけ手伝いをしていたのが、これからは毎日の仕事となる。責任も重くなった。


山での狩りのために、兄たちには狩りの道具が長老のタンガロアお爺さんから手渡された。革のゲートルと手袋で、山の藪の中で手の甲と足のすねを守るために使う。そして弓と矢、それに大きな石のナイフだった。それを持って、兄たちは毎日山に入っては、少しでも多く獲物を持ち帰ることが期待された。


30人あまりの村人のお腹を満たすのは楽なことではない。大人たちからは、動物の居場所の探し方から罠の仕掛け方、獲物の処理の仕方やさばき方など、狩りの際の様々な技術が本格的に伝えられる。始めの頃は、兄は家に帰ってくると疲れ果てて食事もとらずに寝てしまうことが度々あった。



狩りが午前中で終わった日は、兄は山の神殿に来て、お告げの内容の確認作業を任されるようになった。内容によっては他の村や、島の反対側まで数日かけて行かなければならないこともあり、狩りと神殿の仕事を兼任するのはとてもきつそうだった。


また、大人になると、大人のおしゃれを楽しむことが許されるようになる。タトゥーや耳飾り、首飾りなどを身に着けることが許される。また、男性は髭を蓄えることも許されていた。 兄はさっそく小さなタトゥーを入れた。山での事故など悪いものから身を守るための文様が左腕に入っていた。


兄がタトゥーを入れてきた日には、母さんやおばあちゃんが思わず笑ってしまった。どうやら兄は、亡くなった父と全く同じ模様のタトゥーを同じ左腕に入れてきたらしい。父さんは両腕に沢山タトゥーを入れていた覚えがあるが、おばあちゃん曰く、父さんが初めて入れたタトゥーもやはり安全祈願の左腕のタトゥーだったそうだ。


イハイアは口ひげを蓄えはじめ、ヘミは大きな首飾りを幾重にも巻くようになった。3人とも見慣れた姿から、どんどん変わっていく。大人の仲間入りをした人たちはこれまでにも何人も見てきたはずだが、つい昨日まで一緒に遊んでいたはずの人達がいきなり変わり始めるのを見るのは、なんだか奇妙な気がした。


昼間のお手伝いの途中での遊びに兄達がいなくなってしまい、しばらくみんな寂しげにしていたが、小さい子供たちの中のリーダー格の14歳になったカイやアリキが遊びを仕切るようになった。影踏みや目隠し鬼ごっこ、投げた毛皮の玉を木の棒で打ってどこまで遠くに飛ばせるかの競争。棒投げ。石転がし。天気のいい日は、考えつく限りの遊びを作っては楽しい時間を過ごした。


時々、村のお爺さんやお婆さんたちが、昔話をしてくれた。


長老のタンガロアお爺さんのお兄さんが鮫に食べられそうになった話。

私のおばあちゃん、マラマのお母さんが村にお嫁に来たときの華やかな宴会の話。

叔母さんのアリアナの先代の巫女である、私の大叔母の予言の話。


私たちは、大叔母の予言の話を聞いて何度も子供達で話し合った。大叔母の予言では、だれかがまた海の向こうからやってきて、大きな福を運んでくる、とのことだった。しかし、毎日漁で海に出ているカイとアリキは首を振った。


「カヤックでどんなに遠くに行っても、近くの村の人にしか会ったことがないよ。この島の人じゃなきゃ、この浜には来ないんじゃないかな」

「そうだね、岩島も浜からはかなり離れているけど、そこまで行っても、よその島の人なんか見たことがないよ」


私は、疑問をぶつけてみた。

「嵐の日のあとは?時々大きな流木が浜に打ち上げられているけど・・・人が流されてくることもあるんじゃない?」


2人はかぶりを振った。

「そんなことは滅多にないよ。タネーお爺さんがここの浜に打ち上げられたのは本当に稀な事だったんだと思う。だって、タネーお爺さんの後、浜に打ち上げられてこの村の人になった人はいないんでしょ?多分だけど、島の裏側に住んでいる人で、だれかうちの村に嫁いでくる人が船かカヤックで浜に来る、という事じゃないのかな?」



私たちの住む島はかなり大きく、村はいくつもあると聞いている。島の裏側に住む人たちなど、他の国の人の様だとも。私たちの村は、他の村とは使っている言葉もかなり違うらしく、隣村やもっと先の村から嫁いできたお姉さん達やおばさん達は、始めのうちはとても苦労をしたとよく言っている。

実際、山の向こうの村から嫁いできた私の母さんも、昔は苦労したと、笑っていることがよくあった。村の子供たちの中では、何人かが母親の村の言葉を小さいころから習い、大きくなって村同士の交渉で通訳を務めることもある。


この島以外の人。女の人なのか、男の人なのか。どんな姿をして、どんな風に歩くのか。どんな言葉をしゃべるのか。いつ来るともわからない大叔母さんの予言の人に、私たちはしばらく夢中になって議論をしたものだった。


15歳になると、村の娘達や若者達にも縁談が舞い込む。村の従姉達の何人かは、小さいころから許嫁がいたり、他の村へ嫁ぐことになっている人達もいる。今まで当たり前のこととして見聞きしていたことだが、兄が15歳を迎えて、突如私は自分の将来が現実的なものとして目の前にあることを悟った。


兄もそのうち誰かと結婚するのだろうか。自分もどこかへ嫁ぐのだろうか。そうしたら、だれが山の神殿の巫女を引き継ぐんだろう。様々な疑問がわいてきて、しばらくの間心の中にさざ波が立っていた。


(続く)

(このお話はフィクションです)

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