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「終電後。駅の仮眠室」・・・怪談。ひとり残った駅員が体験した事とは。


『終電後。駅の仮眠室』


鉄道会社によって多少違いますが、駅には仮眠室があります。

これは主に始発に対応するためです。早朝にタクシーや自家用車で駅まで来て、入り口を開けるところもあるそうですが、その鉄道会社では駅の仮眠室に駅員が泊まり込む、と決まっていました。

居残りの駅員は、終電を見送った後、駅の入り口にあるシャッターを閉めて構内の灯りを消し、駅員室の奥にある仮眠室で少し眠ります。
そして翌日の始発が走る1時間くらい前、午前4時前には起きて、
再びシャッターを開けるのです。

以前は、ベテラン駅員と入社数年目の駅員が二人で泊まり込んでいましたが、経費削減のあおりを受け最近は一人で泊まり込むことがほとんどです。

もちろん勤務中は飲酒禁止ですが、かつては駅の入り口を閉めてからは
勤務時間外扱いでしたので、一杯やりながらベテラン駅員が、鉄道マンのイロハを朝まで語って聞かせる、ということもあったそうです。
現在では、職務規定が厳しくなり構内での飲酒は一切禁止となっています。

しかし、実は飲酒禁止になった理由はもう一つあるのです。

ある日、戸嶋(仮名)君という若い私鉄の駅員が、
地下にある駅に一人で泊まり込むことになりました。

その日は、4駅先の駅で人身事故があり、日中のダイヤが大きく乱れたのですが、夕方には通常通りに回復、無事に終電を見送りました。

しかし、離れた別の駅とは言え、事故のあった夜に、一人で眠るのは
あまり気持ちの良いものではありません。
戸嶋君は眠る直前まで、構内の照明を付けたままにしておきました。

こうすると24時間駆動している構内監視モニターの画面に
ホームの様子が明るく映し出されるので、少し気がまぎれます。


用心深い戸嶋君は、翌朝寝過ごさないよう、備え付けの目覚まし時計の他に、自宅から持ち込んだ2個の目覚ましを持ち込んでいました。

眠る前に壁にある大時計を見て時間を確認し、
3時50分、3時55分、4時00分。
5分おきに目覚ましが鳴るようにセットしていきます。

戸嶋君が、最後の目覚ましをセットして壁の大時計を見た時でした。
大時計の下にある、構内モニターの画面の端で、
チラッと人影が動いたような気がしたのです。

それは制服を着た駅員でした。

「あれ。もう他の人は帰ったはずなんだけど、誰か後始末で残ってたのかな」

事故などがあると、通常より遅くまで駅員が残っていることがありますが、
その日は早めに運航が回復したこともあり、皆通常通りに帰宅していました。

「どなたかお残りですか?」

構内放送のマイクで問いかけましたが、反応はありません。
戸嶋君は、見間違いだろうと思いましたが、昼間の事故の件もあるので、寝る前に構内を一通り見て回ることにしました。

「間もなく照明を消しますよ~。残ってる人はいませんね~」

何度声を掛けても返事は返ってきません。

カツーン。コツーンと自分の足音だけが不気味に響くだけでした。

駅構内を一巡し、仮眠室に戻ってきた戸嶋君は、もう一度モニターを眺めましたが、人影はどこにも見当たりません。

構内の照明のスイッチを切り、もう寝てしまおうと布団に入っても
気持ちが高ぶってしまったのか、眠れる気がしませんでした。

「仕方ない。ちびちび飲みながら朝まで起きていよう」

冷蔵庫に残っていた缶ビールを開けて、読みかけの小説を読み始めました。
ところが、誰かと話をするでもなく一人で飲んでいると
あっという間に瞼が重くなってきます。
三分の一も飲まないうちに、戸嶋君は布団に倒れ込んでしまいました。


その時見た夢は、あまり良いものではなかったそうです。

いつものように構内モニターを見ていると、
なぜか制服の駅員が、ホームに密集して立ち並び、溢れそうになっている。
駅員たちは帽子を深く被り、誰だか分からないが
皆線路側を向いて体を寄せ合い、ゆらゆらと小さく揺れている。

そこに列車が入って来るのだが、その列車は巨大な鬼の顔をしている。
駅に入って来るなり向きを変え、大口を開けてホームに立ち並ぶ駅員たちを片っ端から飲み込んでいく。
その光景をモニターで見ている戸嶋君は、なぜか金縛りにあったように体が動かない。
やがて鬼の目がモニター越しにこちらを睨んでケケケと笑う。

逃げないと危ない。でも動けない!

『うわわあ~』


「戸嶋君。戸嶋君。起きなさい」

体を揺さぶられて、戸嶋君は目を覚ましました。

「大丈夫かね。戸嶋君。うなされてたみたいだけど」

「すみません。杉山さん。眠っちゃったみたいで」

教育係として指導してくれたベテラン駅員の杉山さんが、布団の横に座っていました。

「良いけどほら、あれ見て。戸嶋君」

杉山さんは壁の時計を指差しました。時計の針が4時10分を指しています。

「しまった!」

戸嶋君は枕元の三つの時計を手に取りました。
三つとも4時10分。
しかも目覚ましのスイッチは入ったまま。
音は鳴ったはずなのに、全く気が付かなかったのです。

「鳴っているのに全然気付かなかったんだ。
杉山さん。起こして頂いてありがとうございます」

戸嶋君が、布団の横を見ましたが、そこには誰もいませんでした。

「あ!」

戸嶋君は思い出しました。

2年前、杉山さんは戸嶋君の教育係を終える直前に病気が見つかり、
駅員として復帰することなく、その半年後に亡くなっていたのです。

最後まで戸嶋君の成長を気にしていた、と葬儀の席で遺族の方に言われて
戸嶋君は『必ず立派な鉄道マンになります』と遺影に誓ったのでした。


「それなのに、俺は・・・」

戸嶋君は、飛び起きるとすぐに構内照明のスイッチを入れ、
入り口まで走っていって、シャッターを開けました。

ゴウンゴウンと鈍い音を立てながら、シャッターが上がり、
夜明け前の明るくなり始めた空にひとつ、明けの明星が輝いているのを見ると、戸嶋君は涙を堪えられなくなりました。

「すみません。杉山さん。すみません」

戸嶋君はシャッターの陰で、とめどなく涙を流したのでした。


以来、戸嶋君は、泊りの時は布団には入らず、杉山さんに教わったことを
思い出しながらノートに書き出し、ずっと復習をし続けたそうです。
そして、この件からしばらくして、その鉄道会社全体で飲酒が一切禁止となりました。
もう数十年前の話です。


                      おわり


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