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『七姉妹の滝』後編・・・不思議な話。恋に破れた男を待ち受けている運命とは。


『七姉妹の滝』後編

スカンジナビア半島ノルウエーの沿岸部、フィヨルドと呼ばれる険しい渓谷の中にある小さな村を訪れた青年ヤンは、七姉妹の長女、エマの清楚な優しさに惚れ、求婚しましたが断られ、続いて港で男たちに混じって働く次女ソニアの逞しさに惚れて求婚しましたがやはり断られてしまった。

立て続けに振られて落ち込んでいるヤンを心配し、村人たちは教会に行くように勧めた。

そしてヤンの訪れた教会では・・・。

×  ×  ×

高いアーチ状の天井。美しいステンドグラスから降り注ぐ七色の光。
ヤンには、その柔らかな光さえ眩しく思えたのでした。

祭壇から少し離れた空間に黒板を立て、その前に立った一人の女性が
小さな子供たちに聖書の話を聞かせています。

銀縁の眼鏡をかけ、凛とした口調で語っているのは、
ソニアの妹、七姉妹の三女、セシーリアです。

「神様にとっては、誰もが高価で尊いのです」

セシーリアの心地よい声が響く教会の中で、ヤンの心だけが荒んでいました。

『二回も求婚に失敗した。俺には人を愛する資格など無いのかもしれない。
どうすれば人を愛せると言うのだろう・・・』

子供たちの後ろの席に腰を下ろしたヤンは、
セシーリアの語る聖書の言葉をただ聞き流すだけでした。

その時、セシーリアの口からこんな福音が流れたのです。

「良いですか、皆さん。恐れる事はありません。
私たちは、愛されるために生まれてきたのですよ」

その時、、黙って聞いていたヤンの心に一つの光が灯りました。

「そうだ。その通りだ。俺は愛されたいんだ」

またもやヤンは、恋の魔物に囚われてしまいました。
しかもちょっと我儘で厄介そうな新しい恋です。

ヤンは、自分の気持ちを抑えられず、話を聞いている子供たちの頭越しに、

「先生。今すぐここで俺と結婚式を挙げましょう」

と叫びました。

そのあまりの唐突さに、子供たちは一瞬息をのみ、そしてすぐに大笑いしました。

「俺は本気です。神の前で冗談は言いません。
ここへ来るまで二度続けて恋をして二度続けてそれを失いました。
そして今、光り輝く愛を見つけたのです。
俺はあなたを愛し、愛されるために生まれてきたのです」

ヤンの熱病のような自分勝手な恋の可笑しさは、子供たちにも伝わったようで、
小さな天使たちが、大笑いしながら二人の周りを飛び跳ね始めました。

それはそうですよね。求婚ならまだしも、いきなり結婚式では、
いくら教会にいるからと言って、余りにも不見識、無思慮、軽薄すぎます。

ヤンと子供たちの様子を見ていたセシーリアは、
ゆっくりとした仕草で両手を広げ、はしゃぐ子供たちを鎮めたのでした。

「どちらのお方か存じませんが、私は人生を神に捧げた身。
あなた様には、私より神のご加護が必要なのではございませんか。
どうぞ、あの祭壇の前でお祈りください」

体よく断られているのですが、セシーリアの言葉には
聖職者としての荘厳な響きと強い使命感が感じられました。

ヤンは圧倒され、冷静さを取り戻すと、
しょんぼりと肩を落として祭壇の前まで歩いていきました。

祭壇の前に立つヤンの元に、子供たちの輪の中から
一人の少女が駆け寄って来ました。
セシーリアの妹、4歳になったばかりの四女カレンです。

カレンはヤンに近づくと、その大きな目をキラキラと輝かせて言いました。

「ねえ。おじさん。アタシ、結婚式をしてあげても良いわよ」

さすがのヤンも、この申し出には即答できませんでした。
少しは学習したのでしょうかね。

「お嬢ちゃん。お気持ちは嬉しいけど・・・」

と、ヤンが言いかけたところで、カレンは祭壇に向かって跪き、大声で歌い始めました。

「ハ~レルヤ。ハ~レルヤ」

戸惑うヤンにカレンは言います。

「ほら。ちゃんと手を組んでください」

ヤンは言われるまま、カレンと並んで跪き両手を組んで頭を下げました。

「あなたはここにいるカレンを、病める時も 健やかなる時も、富める時も 貧しき時も、妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」

ヤンは、自分を見つめる純真な瞳に引き込まれるように、
カレンの言葉に継いで、「はい」と答えようとしました。
その時です。

「何をしているのですか!」

二人の後ろに、真っ赤な顔をして目を吊り上げたセシーリアが仁王立ちに立っていました。
振り返ったカレンは、嬉しそうに言い放ちます。

「ねえ。お姉さま。これから結婚式を挙げたいの。アタシ、花嫁さんになるのよ」

セシーリアは、二人の前に進み出ると、恐ろしい目をしてヤンを睨みつけました。

「あなた! いくら何人も失恋したからといって、何も知らない子供を騙して求婚するなんて許しませんよ。恥を知りなさい!」

ヤンは告白もしていないのに求婚に失敗したことになってしまい、
おまけにひどく叱られてしまったのです。

「いいえ。俺が言い出したのではありません。
この子が結婚しようと言ったのです」

ヤンの言い訳を聞いたカリンは、無邪気な声でこう言いました。

「ううん。違うわ。アタシ、結婚なんかしないわよ」

「ええ? そんな・・・」

動揺するヤンを、セシーリアはさらに厳しく睨みつけました。

するとカレンが、

「結婚はしないけど、結婚式はするわよ」

「え? どういう事?」

ヤンとセシーリアは同時に聞き直しました。

「だからあ、結婚式はアタシがやるから、結婚は妹たちとしてね」

「妹たち?」

カレンは傍らに置かれた三つの揺りかごを指さしました。

その中には、三つ子の赤ん坊が、
それぞれ質素なおくるみに包まれて眠っていました。

「どういうことなの? カレン?」

「アタシは白い綺麗な服を着て花嫁さんになって、結婚式が出来ればそれでいいの。結婚は三つ子ちゃんとしてね。おじさん」

「カレン・・・」

「ウチは、姉妹がたくさんいるから貧乏で苦労してるんでしょう。
村の人が言ってた。
お姉ちゃんたちは結婚しないでお店や港や教会で働いてるのに、
体が弱い母親は三つ子まで生んだって。
これからもっと苦労するぞって。

だから、おじさんが、三つ子の赤ちゃんたちと結婚して一緒に住めば、
きっと貧乏じゃあなくなるでしょう。
これでおじさんも、私たち7人もみんな一緒に幸せになるのよ」

カレンはヤンに話しかけた時と同じ、屈託のない笑顔を浮かべました。
まだ結婚も結婚式の意味も分からない幼い子供だったのです。

「申し訳ありません。カレン、早く謝りなさい!」

「痛い! 離してよ」

セシーリアがカレンの腕を掴んで頭を下げさせようとしましたが
ヤンはにこやかに笑ってその手を止めました。

ヤンは理解したのです。この姉妹たちが、お互いの事、家族の事を思いやって生きているということを。

その後、ヤンは、七姉妹の家の近くに住み、折に触れてはプロポーズをし続けました。

「ヤンさん。おはよう」

「やあ、エマ。おはよう、結婚しよう」

「おはよう、ヤン」

「良い天気だね、ソニア。結婚しよう」

「おはようございます、ヤンさん」

「今日も教会かい、セシーリア。結婚しよう」

「おはよう。ヤンおじさん」

「カレン、しっかり勉強しなよ。そして結婚しよう。
それから三つ子ちゃんたち、アババ~。結婚しようね」

いつも軽く受け流される、ヤンのプロポーズは、
今では日常生活の挨拶になっています。

ヤンと七姉妹のやり取りを不思議に思った村人たちが

「まだプロポーズし続けてるのか、一体何がしたいんだ、ヤン」

と聞くと、ヤンはいつも微笑みながら答えるのです。

「俺は、この家族に惚れたんだ。
この美しい絆を、ずっと見守っていたいんだよ」

霧にかすむフィヨルドの奥深くでは、「求婚者」と「七姉妹」と名付けられた滝が、今も向かい合って流れています。

北欧の幻想的な風景の中で生まれた伝説は、こう締めくくられています。

「人を人として愛することこそが、本物の愛である」

           おわり

*この物語は、北欧に残る伝説を元にラジオ放送用に作った作品を、さらに加筆修正したものです。



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