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「生首と女房」・・・こんな時代劇怪談も書いています。

「生首と女房」      作・ 夢乃玉堂

無粋ながら、と言いつつ伊和谷(いわや)鉄心(てっしん)が酒の席を早退したのは、もう亥の刻を過ぎていた。

借り物の提灯の明かりは、夜の闇の中で実に頼りなかったが、
『勘定方の鉄文鎮』と呼ばれるほどの堅物で
理論派、現実主義者であった鉄心は特に臆することも無く
大川の土手を両国の屋敷に向かった。

足元が急に明るくなったので、満月が顔を出したかと思い、顔を上げると
ぼおっと光る生首が頭の上を飛んでいた。

「奇怪なり。狐狸妖怪の類なれば、その正体を見極めん」

鉄心は音のせぬように刀を抜くと、ひと跳びして生首に切りかかった。
ぎゃっと低い声を上げて生首は跳ね上がり、塀を越えて鉄心の屋敷に飛び込んだ。

不吉な予感を感じ、急ぎ中へ入ると、声を聴いて出迎えに来たのであろう、
女房のおみつが二人、玄関で睨みあっていた。

右側に立っているおみつが声を上げて訴えた。

「ああ。旦那様。良くお帰りなさいました。今すぐこの曲者を追い出してくださいませ」

すると、左側のおみつも訴えた。

「何を言う。この女こそ曲者。私(わたくし)に化けて
旦那様をたぶらかそうとしているのです」

鉄心は困惑した。
二人は顔、髪型、着物のしわに至るまで全く同じに見えるのだ。

『先ほどの生首同様、物の怪か狐が見せる幻であろうが、
さて如何にして尻尾を掴んでやろうか』

再度二人の姿を見比べてから鉄心は言った。

「これは少々飲み過ぎたと見える。酔い覚ましには、おなごの背中の汗が効くという。おみつ。すまんが背中を向けてくれんか」

それを聞いて右側のおみつはくるりと背中を向けた。
尻に狐の尻尾は無かった。

一方、左側のおみつは、ぐっと唇をかみしめ少しも動こうとしなかった。

「ほら。旦那様の言うことがきけないなんて、やはり偽物はあちらですよ」

「うむ。分かった」

鉄心は一歩踏み出し、背中を向けている右側のおみつに一太刀浴びせた。
途端に真っ黒な煙が湧き出し、その女は木の葉を何枚か残して消えてしまった。

「怪我は無いか、おみつ」

「はい。旦那様」

緊張が解けたのか、おみつは鉄心にすがりついた。
鉄心は優しくおみつの肩を抱いた。

この出来事は、「武士の妻であれば、敵に背を向けるような迂闊な事はしない」
ということを、鉄心夫婦が心得ていたからだと評判になった。

鉄心を呼ぶ『勘定方の鉄文鎮』というあだ名は
微動だにしない武士の心を示す言葉として、その後も長く伝えられたという。

                    おわり



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