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「二階の客」・・・怪談。久しぶりの旅行で訪れた旅館で。


昨日、ラヂオつくばで朗読された短編に少し加筆訂正したものです。
以前紹介したバージョンと比較してみるのも楽しいかもしれません。

「二階の客」   作・夢乃玉堂

長い自粛生活の反動で、とにかく旅に出たいと思った夫と私は、
夫婦二人きりでドライブに出かけました。
行き先は首都圏からほど近い思い出の観光地。

そこは、日本を代表する紅葉の絶景として海外で評判となり、
近年では「季節の話題」より「外国人観光客が大勢来訪。インバウンドで大繁盛」などとニュースで扱われることも多くなっていました。

「お休みなんだから、人疲れするのは御免だな」

観光地の混雑に辟易して、しばらく足が遠のいていたのですが、自粛の影響もあるし今なら空いているだろうと思い、数年ぶりに訪れることにしたのです。

「この景色を見ながら初めて手を繋いだわね」
「あの木の下で写真を撮ったな」

甘い思い出話に花を咲かせ、
二人とも二十代に戻ったような気分で宿に入りました。

夫も私も、宿には特にこだわりはなく、大浴場があることと、
静かで落ち着いた感じの部屋の写真だけで選んだ旅館。

大通りから少し入った古びた建物ですが、予想通り観光客も少なく、朝夕とも部屋食でほとんど人に会わずに、まるで貸し切り状態。
プライベート感たっぷりの宿に二人とも満足していました。

そこまでは・・・

旅の高揚感で二人ともなかなか眠りにつけなかった午後十時過ぎ。

ドタタタタッ。

天井から、走り回る足音が聞こえてきたのです。

「二階に泊まってる子供かしら」

「知らない宿で興奮してるんだろう。
僕も初めて親と旅行した時は騒ぎすぎて怒られたよ」

などと話しているうちは良かったのですが、しばらくすると足音が1人から2人、5人、6人・・・どんどん増えていくのです。

ドタタタ。ドタタタッ。
ドタタタ。ドタタタッ。

時計を見るともう11時過ぎ。

「少し注意してもらおう」

業を煮やした夫が、フロントに電話をかけたのですが
呼び出し音が鳴るだけで出る気配はありません。

「ホテルと違って、こういう旅館は、深夜の応対はしないんじゃない?」

夫はしかたなく受話器を置きましたが
その間もずっと足音は、ドタタタ。ドタタタッ。

「しょうがないな。直接言った方が早そうだ」

昼間運転し通しで、ストレスも溜まっていたのでしょう。
夫はわざと大きな音を立てて襖を開け、どかどかと部屋を出て行きました。

ほどなくして足音は消え、夫は意気揚々と帰ってきたのです。

「こちらの気配を察して、大人しく部屋に戻ったんじゃないかな。
上には誰もいなかったよ」

夫は廊下の端にある階段から上の階を見上げたらしいのですが、二階の廊下には明かりも無く、真っ暗な闇が広がっているだけだったそうです。

「足音もいつの間にか消えているし、静かになっていいじゃないか」

りりりり~っと、それまで気付かなかった虫の声も聞こえてきました。

「ようやく眠れるわね」

ところが、二人で布団に入りなおした途端。

ドタタタ。ドタタタッ。

また大勢の足音が聞こえ始めました。

「ちくしょう。ワルガキどもめ!」

「待って。今度は私が」

子供を殴りつけそうな勢いの夫を私は制しました。

「そっと上がって行って、現行犯逮捕してやるわ」

かくれんぼ好きのいたずら小僧は、隠れる瞬間を捕まえられると大概観念するものです。長年子育てを担ってきた経験を披露してやろうと私は廊下に出ました。

足音を忍ばせ、そっと襖を閉めて廊下から階段。
階段から二階に上がって見てみると・・・

やはり灯りは無く、子供たちもいません。
いつの間にか足音も消えています。

「素早いわね・・・」

二階の廊下を見渡しても、薄闇の中にただ閉じられた襖が並んでいるだけ。

襖を開けて「静かにしてもらえませんか!」と言いたかったけれど、どの部屋か分かるわけもなく、諦めて階段を降りて部屋に戻りました。

「ダメね。かなりの知能犯だわ」

しかし、私が戻ると再び。ドタタタ。
二階を覗きに行くと誰もいない。

そんな行ったり来たりを繰り返しているうちにバカバカしくなり、「朝になったら絶対フロントに文句を言ってやる」と呟きながら夫と私は布団を被って無理やり眠りにつきました。

翌朝。早々に朝食を済ませ、チェックアウトしようとフロントに向かうと、
年老いた女将が見送りに出てきました。

「昨夜はゆっくりお休みになれましたか?」

年季の入った笑顔を浮かべた女将に、夫は昨夜の顛末を伝えました。

「二階に泊まっている子供たちが走り回ってうるさかったよ」

みるみる女将の顔から、笑顔の仮面が剥がれていくのが分かりました。
そして、無表情のままこう言ったのです。

「宿泊代は半分で結構でございます」

女将は深々と頭を下げ、私たちが半額の宿代を払い終わるまで顔を上げませんでした。

言い訳も理由も聞くことは出来ず、どこか釈然としない気持ちを抱えたまま私たちは宿を後にしました。

「余ったお金で、少し贅沢なディナーでも食べて帰ろうか」

気分を切り替えて旅を終えようと車を動かし始めた時、私は思わす大きな声を上げ、バックミラーを指差しました。

「ねえ。あれ見て!」

ミラーに映った旅館には、二階は無かったのです。

平屋建ての時代を感じさせる瓦ぶきの旅館。
その瓦屋根が、大きな穴をふさぐように途中から新しいスレートに替えられています。

その後私たちは何も言わず車を走らせ、結局どこにも寄らずに家に帰ったのです。

その旅館が、数年前火事を出し、二階に宿泊していた修学旅行の子供たち数人が煙に巻かれて亡くなっていた、という噂を聞いたのは、東京に戻ってしばらくしての事でした。

             おわり




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