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「怪奇を暴け その5」・・・怪談。事故物件の裏側で。


「今、事故物件が話題でしょ。でも不動産屋の間では、事故物件よりも
怖い部屋があると、昔から言われているんですよ」

飲み屋で隣り合わせになった男が、声を潜めて話し出した。

「それはね。事故物件にならない部屋なんです」

「事故物件でなければ、普通の部屋という事でしょ」

「『ではない』ではなく、『ならない』、なんですよ。
つまり、普通なら事故物件だけど、法律上事故物件に『ならない』んです」

事故物件にならないとはどういう事だろう。私はその男の言葉に耳を傾けた。

「そのAというマンションは、ターミナル駅から徒歩5分という抜群の立地なのに、家賃が相場よりも3万円以上安いんです。
お客さんがその理由を尋ねても、
『春の引っ越しシーズンじゃないんで』
とか
『ひと部屋だけ残ってるんで、大家さんが焦っているんです』
などと、あまり説得力の無い答えが返って来るだけ。
それでも家賃の安さの方が勝つんでしょうね。
さほど苦労せず入居者が決まったそうです。

ところが、せっかく入居者が決まっても
三か月もすると、皆解約して出て行ってしまうのです。

しかも出て行った元入居者は、次のアパートや
実家で過ごしているうちに、精神に異常をきたすそうなんです。
ほとんどの人が、Aマンションにいる頃から、少し異常な言動が目立つようになっていて、最悪の場合、うめき声を上げ錯乱したまま、亡くなってしまうんだそうです」

「それは事故物件にならないんですか」

「ええ。事故物件として告知義務はありません。
そのマンションに住んでいる時に変死したわけではなので」

賃貸物件の法律について詳しく説明する男を遮り、
私は疑問に思ったことを聞いてみた。

「そんなマンションを持っている大家は嫌がらないのか?」

「いいえ。入っては出ていくので、三月と開けずに入居者が決まりますからね。大家はその都度礼金が入るのでウハウハです。
お祓いなんか絶対しませんよ」

この危険なマンションが、何の警告も無く、今も賃貸に出されているのか
と思うと私はちょっと恐ろしくなった。

そして男は、最後にこう付け加えた。

「でも、こんな物件、ここだけじゃないですよ」

      ×  ×  ×

数か月後、これとよく似た話を、とあるイベントで聞いた。

やはり事故物件にならないアパートの話だった。

実は、これらの話を聞くたび、私はなぜか、心にもやもやと引っかかるものがある事に気が付いていた。

「何だろう。素直に怖がれない」

私は賃貸物件の契約と解約について考えてみた。

まず、3か月で入居者が解約したとして、
入居期間が短いので破損や汚損が少ないであろうから、
敷金はほぼ返金になる。

その後、次の入居者が入るまでの期間は季節によって違う。
2~3月なら、すぐに決まるだろうが、それでも下見から契約、入居まで
2週間から一月くらいはかかるだろう。
5月を過ぎたら、さらに入居者は決まりにくい。
3か月から半年決まらないということも多いと聞く。

その間は、家賃収入がゼロになる。

ようやく決まっても、礼金は家賃の一か月分が一般的だから、
もし2か月以上入居者が決まらなければ、年間の家賃収入は、
ずっと住んでもらった方が収益率は高い。

しかも入居者は死ななくとも、精神に不調をきたすようなら、
家賃を払わず、行方不明になる可能性もある。
そうなったら、いよいよ手の打ちようがない。

家賃は入らず、次の入居者を募集しようにも荷物が入ったままでは無理。
勝手に処分するには、さらに数か月様子を見なければならない。
穏やかに住み続けてもらった方が得なのである。

「事故物件にならない物件」は、
大家にとっては十分に事故物件という事になる。

お祓いを始め、何か手を打たない筈はない。

だから、この怪談には大いに疑いの余地がある。

しかし、再度考えてみよう。

もしこのマンションが、都心のターミナル駅から徒歩5分以内というような
誰もが住みたがる物件であったなら・・・。

その場合は、もう少し怪談の信ぴょう性が高くなるであろう。

それでもリスクはあるので、「大家は礼金が入ってウハウハ」という話にはならない。ウハウハなのは、大家ではなく、その都度、仲介手数料が入ってくる不動産屋なのだ。

そう言えば、この話を教えてくれた男は、
不動産屋の名刺を持ってたっけ。

                 おわり


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