「幽霊が苦手なもの」・・・もっとも強力な魔よけの方法とは。
「めざせ100怪!ラジオde怪談」は、「清原愛のGoing愛Way!」(SKYWAVE FMにて放送中)の番組内で100の怪談を特集する「怪談朗読特別企画」。
その為に用意した怪談を紹介していきます。
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「幽霊が苦手なもの」 作・夢乃玉堂
耽美な甘い香りに誘われて、私は白い道を歩いていた。
半透明の薄い布のような道。
虹の形にアーチを描き、空に掛かっている。
不思議に足を滑らすことも、道を踏み外すこともなく、
柔らかな触感が裸足の裏から伝わってくる。
その一歩一歩が心地よい。
「これは、どう考えても夢だな」
私はこんな夢を見る理由を考えていた。
妻の咲江と訪れた温泉宿の傍に、十数年前まで鉱山で使われていた
古いトロッコ列車のレールが残っていた。
かつて県下屈指の銅鉱として栄え、学校や病院は勿論、
劇場や映画館まであったという鉱山の町の跡は、
まさに「兵どもが夢の跡」であった。
背丈ほどに伸びた草を掻き分けた先に、廓の跡地があった。
江戸時代から続いていた隠れ公娼の一つだという。
長い年月の間に亡くなった多くの遊女たちを供養するため、
川を挟ん対岸まで粗末な橋が掛けられ、
その先の丘には小さな石碑が置かれていた、と案内板に書かれていた。
橋はすでに流されて跡形もなく、石碑も草に埋もれて分からない。
それがかえって、若くして息絶えた遊女たちの無念を表して
いるような気がして、そっと手を合わせた・・・。
「あの時の思いが夢となって表れてきたんだろうな」
私は空に掛かる薄い道を歩きながら、
心の中でもう一度手を合わせた。
すると、道を十歩ほど行ったところに、白い着物を着た天女のような女が
二人現れた。
どこからやって来たのか、全く気が付かなかったが、
憂いのある瞳でじっとこちらを見つめている。
二人とも赤い唇に微笑みを浮かべ、
少し開いた襟元から覗く、透き通るような肌が情欲を掻き立てた。
「さあ。こちらへ」
波に揺れる小舟のような華奢な手が、確かに私を呼んでいる。
氷のように冷たい風が頬を撫ぜた。
天女たちの着物が風を含んで広がった。
魔物、狐狸妖怪の類かもしれぬ、と思ったが、
どうせ夢の中の事、構わず私は女たちを両手に抱きしめた。
薄い布越しに伝わる柔らかな肌は、人気を感じさせない冷たさがあったが
それが他では味わえないような刺激となって、私の頭を支配していった。
何もかも忘れ、女たちに身を預けようとした時、
どこからか黒雲が沸き立ち、白い道を取り囲んだ。
そしてその雲の中から大きな声が聞こえてきたのだ。
「あんたたち! 何してんの!」
この低い皺枯れた声、咲江だ。
「幽霊の分際で、生きてる人間様を獲り込もうだなんて、馬鹿にするんじゃないよ!」
雲の中から人の三倍ほどもあるような太い女の腕が伸びてきて
私と天女たちの間に割り込んだかと思うと、続いて咲江の体がずるりと飛び出してきた。
天女たちは一斉に俺から離れて逃げ出そうとしたが、咲江はそれを許さず、
両手でむんずと二人を捕まえると、
「二度とこの人の前に現れるんじゃないわよ。
生きてようが死んでようが、アタシは容赦しないからね」
と、睨みつけた。
天女たちが震えながら頷くと、咲江は手を緩めて放してやった。
二人は私の方を見ることも無く、天高く消えて行った。
「フンッ」
振り返った咲江は、その大きな手で俺の襟首を掴んで引っ張り上げた。
足が浮き、顔の前まで吊り上げられた私は
目を逸らすことも出来ず、照れ笑いをするしかなかった。
「あんたもあいつらの仲間になりたいのかい?
だったらアタシがこの手で冥土に送ってやるよ!」
俺は強張る首を何とか横に振った。
「けッ! 廓の跡地で怪しげなそぶりをしていたと思ったら、
生きてる女だけじゃ飽きたらずに、死人にまで手を出しやがる。」
咲江は私の体を放り投げた。
どすん、どどす~ん、と大きな音を立て、
私は布団の上に転がった。
打ち身の痛みに耐えて目を開けると、
天井から吊り下げられた淡い灯りが揺れていた。
細かい彫刻の欄間、床の間の手前には私と咲江の荷物もある。
昨夜から泊まっている部屋だ。
「目が覚めた?」
隣の布団から首だけ出した咲江が、こちらを見ていた。
「あ、ああ。寝ぼけちゃったのかな。すごい音がしてびっくりしただろう」
「音には驚かないけど、女の誘いに簡単に乗るあんたに驚いたわ」
「え?」
私は咲江の顔を見つめた。
布団から半分だけ顔を出しているだけだが、
咲江が満面の笑みを浮かべているのは分かった。
『夢の中に入って来たのは、やっぱり咲江だったのか・・・』
確かめる前に咲江が話し始めた。
「あんた。あの女たちの足元を見たかい」
「い、いや。見てない」
「なんだ。幽霊の腰巻の中を知るチャンスだったのに。
そもそも連中は、どうやってまぐわうのかね。
一度見てみたいもんだよ。アハハハハ」
私は、残っていた眠気がすっ飛んだ。
この女には叶わない。
もしあのまま天女たちに手を出していたら、どうなっていたことか。
夢の中まで追いかけてくるなら、逃げる場所などありはしないだろう。
もしかしたら、ほかの女の事も知られているかもしれない。
私は必死に愛人宅で見た夢の内容を思い出そうとした。
乾いた咲江の笑い声だけが部屋の中に響いていた。
おわり
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