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「初恋VS給食」①・・・戦いの傷跡は今も残る。



『初恋VS給食』


俺の通っていた小学校は、
冬でも半ズボンで飛び回る元気な悪ガキが
たくさんいた小学校だった。

俺も一緒になって跳ねまわり、先生の怒られては
廊下に立たされた。

「今となっては良い思い出さ」

「うんうん」

故郷の居酒屋で再会したクラスメートは、懐かしそうに頷いた。
座敷に集まった4年生の時の5人。
藤原、弓場、今野。女子は松田さん、そして後藤恵だ。

「でも浅井君。私、一つ分からないことがあるんだけど。
教えてくれる?」

後藤恵が聞いてきた。

「何なりと、ただし三つまでじゃぞう」

俺は胸を張って腕を組み、
アラジンの魔法使いの真似をして見せた。

「じゃあ。一つ目。あんなに元気だったのに、
どうしていつも給食は最後まで残されてたの?
私、給食の後の掃除当番になってたから、
いつまでも食べている浅井君が邪魔だったのよ。
ほうき使うと埃が飛ぶのに、平気だったの?」

「俺もだ。浅井と藤原と弓場が大体いつも遅くって、
っさと食えばいいのにって思ってた」

今野が乗っかってこようとするのを、隣にいた松田さんが止めた。

「あんたは掃除もしないでさっさとグランドに出て
サッカーやってたじゃない」

「いや。やったよ。机拭いたりしたって」

「自分のところだけでしょ」

元クラスメートたちの話題は、別のところに行ってしまっていたが、
後藤恵は俺を逃がさなかった。

「どうなの? 浅井君」

「それは・・・よく覚えていないけど・・・」

「不味かったんだよ。給食」

俺の横に座る藤原が割り込んできた。
一緒に残って給食を食べていた内の一人だ。

「ぬるいスープに、煮すぎて崩れかけた煮物。
冬は硬くて塗りずらく、夏はドロドロで油が分離しているマーガリン。
パンだって、使っている小麦が悪いのかパサパサで
全然本来のしっとりした美味しいところがない。
今思うと、みんなよく平気で食べてたよな」

教師をしているという松田さんが答えた。

「完食指導だったからよ、昔の給食は。
あれで会食を怖がるようになる生徒もいるんだって。
だから、今は『食べ終わるまで残っていなさい』なんて指導は
しないようにしてるのよ。
アタシだって、中学からお弁当になって本当に嬉しかったし」

「でも、弁当の味付け、しょっぱかったんだよな」

「何よ! 藤原くん。いつも美味しいって全部食べてたじゃない」

「それは、何というか・・・」

20年ぶりの痴話げんかを始めた藤原と松田さんを無視して
後藤恵は、さらに追及してきた。

「ねえ。どうなの? 藤原くんが言うみたいに
不味かったの?」

「いや。あんまり覚えてない。そうだった気もするし、
ただ、俺、急に変わったことだけ覚えてる」

「それ! 二つ目の質問はそれよ。
浅井君、ある日突然、食べるの早くなったでしょ。
あれどうしたの?」

今野が再び割り込んできた。

「そうだ。俺も覚えてる。絶対改造手術を受けたんだって
思ってた、ウルトラマンみたいに」

「ライダーだろう。それは」

「どっちだって変身するじゃん」

「改造手術はライダーだ!」

話が又逸れていったが、俺は少し考えてからゆっくり答えた。

「改造手術じゃないけど、あれは俺が腕を骨折してからだと思う。
医者に行って三角巾で吊って右手が使えなかったから
左手で食べたら早かった」

「左利きになったの?」

「いや。右利きのまま。一時左手でも少し書けたけど、
治ったら書けなくなった」

「それは、火事場の馬鹿力だな」

もう一人の残され組、弓場も割り込んできた。

「火事場の馬鹿力は、命の危険に瀕した時に、
筋肉や骨に対するリスクを脳が無視して、
普段以上の力を出す事だろう。

だから浅井は、無意識に躁状態になることで、
不味い味を食べるというリスクを無視して
さらに大きな危険である骨折に対応したのさ」

「でも俺は、その後ずっと食べるの早くなったぜ」

「無意識だから、躁状態が危機を脱しても続くことはあるんだよ」

「弓場、お前心理学でもやってるのか?」

「いや。資格としては管理栄養士。
でも、食事が人に与える影響を研究してる。
給食で辛い目にあったのがきっかけでね。
面白いことに、刑務所で魚中心の美味しい食事を提供すると
所内の治安が良くなって、犯罪を反省する傾向が生まれるって
研究もあるんだよ。ただの贅沢じゃない良い美食は
精神的安定をもたらすんだ」


弓場の言う通り、躁状態は続いていた。
あの時から最近まで、俺は全く味覚に拘らず大食いだったからな。

ところが、今の俺は又食べるのが遅くなっている。
結婚して妻と暮らすようになって、大食いが止まってしまった。

俺は、今野たちと話す後藤恵の横顔を見つめた。

あの頃の後藤恵と同じように、
妻も不満を感じているのかもしれない。

『後で流しに入れておいてくださいね』

急いで食べようとしても、どうしても遅くなる俺を置いて、
妻はさっさと食べてしまい寝室に入ってしまう。

なぜ、食べるのが遅い男に戻ってしまったのか不思議だったが
今日、少しわかったような気がする。
もし弓場の言う通り、
躁状態で、味覚を無視して大食いになっていたのだとしたら、
鬱になったから、味覚が敏感になって
食べるのが遅くなったという事になる。

そして、鬱になった原因は・・・。

「そういえば、藤原君もシェフよね。フランス料理の」

後藤恵が、俺の横にいる藤原を指さして言った。

「俺は浅井みたいに、躁状態にもならなかったし、
最後まで不味い物に対する耐性も出来なかったからな。
でも、おかげで、微妙な舌の感覚を持ったまま大人になれたよ」

「なによ。やっぱりアタシのお弁当、不味いって思ってたんだ。
どうせアタシは、不味い物でも満足できる味オンチですよ。
シェフになった時に、『あれで育てられた』って言ってたのは
そういう意味だったのね~、悔しい~」

殴りかかってくる松田さんから、藤原が這い出して逃げた。
弓場と今野が松田さんを羽交い絞めにして止めている。

俺の隣の開いた空間に、後藤恵がすっと入ってきた。

「じゃあ、浅井君。三つ目ね」

右耳に顔を近づけて囁いた最後の質問は、
予想を超えて俺の心を震わせた。


「私ね。あの頃、浅井君が好きだったのよ。あなたは?」


顔を離した後藤恵の俺を見る瞳は、潤んでいた。


                少し先になりますが、続きます。






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