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「姉の墓」・・・ホラー。墓石に刻まれたものは。


『姉の墓』

祖父の十三回忌で菩提寺にお参りした帰り、
お墓に手を合わせている宇江原信一(仮名)を見かけた。

「宇江原じゃないか」

「え? あ、ああ。佐野か・・・」

一週間ぶりに会った宇江原は、営業部のエースとは思えない
暗い挨拶を返してきた。

まるで浮気現場でも見つかったように
ばつの悪そうな顔をしている。

俺は思わず周りを見廻したが、合わせるとまずそうな女の姿は勿論、
誰かを連れているようでも無かった。

「一人か?」

「ああ。そ、そうだ」

どうにも煮え切らない態度が、逆に俺の好奇心を刺激した。
宇江原が手を合わせていた墓所を見ると、
『宇江原家先祖代々』と刻まれた墓石の隣に
新しい墓石が一基あり、真新しい花が生けられていた。

「ジョージ伊庭 & 裕美。
お前の親戚にハーフがいたのか、知らなかったよ」

「親戚じゃない。姉の墓だ」

「お姉さん? いつお亡くなりになったんだ?」

「ちょうど一週間前だ。さっき納骨を終えたところさ」

「一週間? まさかそれで、お前は会社に来なくなってたのか、
忌引きなら会社に報告したのか?
三親等の死亡には見舞金が出るだろうし、俺たちだって葬儀には・・・」

「ああ。すまない」

宇江原は俺の言葉を遮るように答えると、しばらく墓を見て考えていた。
しかし、最後には何かを諦めたように話し始めた。

「佐野。新人研修の時、いや、入社試験からの付き合いだから、
俺はお前の性格をよく知っているつもりだ。
お前は、口の堅い男で、無益に人の悪口など言わない奴だよな」

俺は混乱した。
奇妙な言い回しで、全く普段とは違う。
会社での宇江原は、取引先に理路整然と製品の良さをアピールし、
最後は頑固なまでの熱意で説得する、冷静でいて熱い営業スタイルなのに、
目の前にいる男は顔は青ざめ、切羽詰まった表情で迫って来る。
こいつは本当に宇江原なのか?

「どうだ。佐野。佐野は口が堅いよな?」

宇江原は、もう一度確認してきた。

「何か人に言って欲しくないことがあるんだな」

宇江原は静かに頷いた。

「ああ。分かった。知られたくないのなら墓場まで持って行くぜ。
あ、ここはもう墓場か。ハハ」

俺の声だけが午後の墓場に流れた。
相変わらず宇江原は深刻そうな顔をしている。
これは本気で口外できない事なのだろう。
俺は覚悟を決めて話を聞くことにした。

「悪い。笑うような状況じゃないよな。すまなかった」

「いいんだ。ある意味、笑いごとなんだ。
さっきも言ったが、ここに入っているのは、俺の三つ歳上の姉だ。
車に飛び込んで、亡くなった」

自死だったのか。だから会社にも言いにくくて、
誰にも伝えなかったんだな。
普段の宇江原と様子が違うのも納得がいく。

「姉は体が弱くて、子供の頃から学校もほとんど行けなかった。
毎日布団から空を眺めているだけの毎日だった。
そんな儚げな姉が俺は大好きだった。
この人の為なら何でもしてやりたい、そんな風に思っていた」


又、宇江原の意外な一面を見たような気がした。
弟気質の男は、真面目で明るくなるというが、
この男の営業スタイルは、そんな家庭環境から来ているのかもしれない。
おれはさらに宇江原の話に聞き入った。


「それが、姉が高校に入る頃、ある男に出会ってから変わった。
その男に会うために外に出るようになり、
その男に気に入られるために化粧までするようになった。
元気とまではいかなくても、見違えるように明るくなっていた。
そして毎日のように結婚したいと言い出したんだ」

「へえ。良いじゃないか。それで結婚したんだろう。
そのジョージ伊庭って人と。うん?ジョージ?伊庭?」

「そうだよ。この前亡くなった映画俳優のジョージ伊庭だよ」


ジョージ伊庭は、ハーフ系アイドル歌手としてデビューし、
最近では演技派の俳優として成功し、最近では映画やテレビで見ない日は無いくらいの売れっ子だった。
だが、少し前に交通事故で亡くなり、連日報道されていた。

芸能界などとは縁が無いと思っていたのに、
こんなスキャンダルの告白を同僚から聞かされるとは思わなかった。
俺は動揺しながらも宇江原が言ったことを思い出していた。

「それで口外するなという訳か。だけど知らなかったなジョージ伊庭が
結婚してたなんて、それも宇江原のお姉さんとね。
テレビでも全然言ってなかっただろう。
やっぱり結婚とか本当の事を言いずらいのかな芸能人って」

「いや違う。ジョージ伊庭は何も隠してない。テレビの報道は正しいし、
俺の姉も独身だった。」

「ああ。結婚する前に亡くなったのか。
お付き合いしていて亡くなるなんて残念だったな」

「それも違う。
姉の裕美はジョージ伊庭のファンだったが、付き合ってなどいなかった」

「じゃあ。これはどういう事なんだ」

俺は真新しい墓石を指さした。

「この墓石は、姉が生前注文していたんだ。
姉が亡くなってから、納骨の段取りをしようとして
いつの間にか立てられていたのが分かった」

「え?」

「もちろん親は怒ったよ。『すぐに取り壊して、ちゃんとした姉の墓を作る!』って、すごい剣幕だった。
当然だよな。知りもしない、会ったことも無い俳優のお墓が
先祖代々の横に立ってるんだからな・・・」

それで、芸能人の名前を勝手に刻んだ墓石が
宇江原の先祖代々の墓石の隣にあるということか、体が弱い割に大胆なことをするお姉さんだったんだな。

「でも、俺は反対した。姉はこの男のおかげで寝たきりの状態から少しでも動けるようになったんだから、純粋な姉の気持ちは大事にしてやりたい。
そうでないと、この墓石はただのおふざけの記念碑にしかならない。
それでは何のためにやったのか、分からなくなってしまうからな。それでも親はその内、この墓を取り壊してありふれた墓石に取り換えるだろう。
おれは姉が不憫だから新しく作り替えられてしまうまでの間だけでもお参りしようと思っている・・・」

「そうか。それも良いかもしれんな。お姉さんがジョージ伊庭から
少しでも生きる力を得たんだったら、それもアリなのかもな。
やっぱり、ジョージ伊庭が亡くなったのがショックで
お姉さんは亡くなられたんだろうからな」

「いや。姉が亡くなったのはジョージ伊庭が死んだのと同じ日だ。
あの雨の日。同じ車で姉は亡くなった。
姉は求めていたんだ。この世で一緒になれないのなら、
せめて来世では・・・ってね。
だから、なるべく同じ状況で亡くなって良かったんだ。
そうなる事が、姉の為だったと俺は思っている」

『何かおかしい』
俺は聞きながら思った。墓石に他人の名前を刻むという行為の重さに隠れているが、今宇江原の言ったことも変だ。混乱して変な事を口走っているのか、とても恐ろしいことを聞かされてしまっているような気がする。


そして、唐突に俺は思い出した。
一週間前の雨の日ジョージ伊庭が交通事故で亡くなったのは
ちょうどこの近くだ。宇江原の家にも近い。
目撃者によると、緑のセダンでひき逃げされたらしい。
犯人はまだ捕まっていない。

「なあ。宇江原。ひとつ聞いて良いか?」

「なんだ?」

「お前の乗っている車、何だったかな」

「そうか、佐野。佐野は口が堅いよな?」

宇江原は一歩俺に近づき、念を押すようにもう一度同じことを聞いてきた。

「佐野は口が堅いよな?」

その目には異様なまでの狂気が感じられた。


            おわり



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