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「甲冑の陰に」・・・鎧職人の生き様。旅先で見つけた物語。


『甲冑の陰に・・・』

男は、父の作った甲冑を前にして不安な心中を吐露していた。

「若いということが、こんなにも無力だとは・・・」

男は、亡くなった父の跡を継ぎ、甲冑師となったが、
鎧作りは経験がものを言う厳しい世界。
『まだまだ若輩・・・』と見られれば仕事は来ない。

父の同僚や後輩が回してくれる脛当(すねあて)や籠手(こて)のほつれを直すような仕事で糊口をしのいでいた。

「俺にだって甲冑一領、具足一式を作り上げる腕でがあるのに。
ああ。こんな小さな仕事をするだけの甲冑師ではあまりに情けない」

そう言って、世を拗ねる愚痴を酒で心の底に抑え込む日が増えていった。

庭先に桜舞い散る温かな日。
鎧一領をお願いしたい、という客が訪れた。

注文は『紫糸縅型白胴丸(むらさきいとおどしかたしろどうまる)の鎧』。
胴や籠手膝当てに白漆を使い、紫の紐で組み上げるという美しい鎧であった。

「甲冑作りの名工房という噂を聞きつけてはるばるやって来ました。
期限は設けないので、伝説の『源氏八領』や『避来矢』に劣らぬほどの
見事な鎧をお願いしたい」

もちろん、名工房の噂は父の腕によるものであったが、
男は父が亡くなっていることを隠して、仕事を引き受けた。

「この鎧を作れば、俺も一人前の甲冑師として認めてもらえる」

鎧が完成した時の喜びと称賛を想像し男の心は踊った。

しかし、ほんの数か月で、男は自分の甘さを思い知った。

鎧一式、一領分丸ごと作るのは、相当な作業量である。
しかも、鉄、皮、漆、組みひもなど
様々な工芸の技術と知識を必要とされる。

さらに男は、食べていくための修繕仕事もこなさなければならない。

昼は修繕作業をし、夜になって新しい鎧を作る作業にいそしんだが、
『紫糸縅型白胴丸の鎧』の製作は、遅々として進まなかった。

2年が経ち、鎧は少し形になってきたが、
まだまだ完成の目途は立っていなかった。

「くそう。こんな小さな仕事が無ければ、今頃は出来上がっているはずなのに・・・」

男は、修繕で預かった膝当てを何の気なしに、
製作途中の『紫糸縅型白胴丸』の足元に並べてみた。

とその時、男の耳に父の声が聴こえたような気がした。

「同じ鎧じゃ・・・」

男は周りを見渡した。工房の中には誰もいない。

「空耳か? いやそうではない。確かに聞こえた。
だが、同じ鎧とはどういうことだ」

男はもう一度、修繕の膝当てを手に取り、紫糸縅型白胴丸と見比べた。

漆、紐、細工の細かさ、どれ一つとっても、
紫糸縅型白胴丸は、見劣りがした。

「違う。俺の作りたかったのはこれではない。
俺はもっと美しい甲冑を作りたかったのだ。白く輝く鎧を見たかったのだ」

心に巣食っていた焦りが一瞬のうちに消えた。
男はすぐに紫糸縅型白胴丸の紐をほどき、バラバラにすると
部材の横に、修繕のために預かっていた籠手や膝当てを並べた。

「修繕をする籠手も鎧の一部であることに、
なぜ俺は今まで気付かなかったのか」

今の作業が未来に繋がる道であると思うと
仕事に対する情熱が燃え上がった。

それからの男は、修繕の仕事を受けるたびに、
隅々まで具足を眺め、貪るように技術を吸収した。

さらに2年の月日が流れ、『紫糸縅型白胴丸の鎧』は完成した。

甲冑を受け渡す日、発注した客と一緒に、
それまで小さな修繕仕事を発注していた父の同僚や後輩たちも
一緒に訪ねて来た。

男は全てを悟った。

「紫糸縅型白胴丸の鎧も多すぎる修繕の仕事も、
全て俺の修行のためだったのだ」

完成したばかりの『紫糸縅型白胴丸の鎧』の鮮やかな輝きがまぶしくて
男は涙を流して、頭を下げた。

人生という道は、いくども曲がりくねり、その角には、諦め、拗ね、絶望などという落とし穴がたくさんある。
時として、人はその落とし穴に、ころげ落ちそうになるが
その角の陰には、必ず見守っている人がいる。


        おわり


この物語は、福島県相馬市で相馬野馬追の取材をする際に、見つけたお話をアレンジしました。一領は、鎧を数える単位。甲冑ひとそろい。


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