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「法学部の都市伝説」・・・七不思議シリーズ 前日譚。


「本所七不思議は何罪?」

昨日アップした「最も罪深い妖怪」の物語には前日譚がある。

それは、「俺」がまだ、学生だった頃、有紀子と付き合う前だ。
その頃彼女については、大学始まって以来の才女が同期にいる、という噂を知る程度だった。

1回生の春、地方大学の法学部に通っていた俺は、同期の有村隼人、前田裕、由利薫と学食で話していた。

「司法試験の中に、『本所七不思議は何罪?』って問題がるって知ってるか?」

と、有村が言い出したのだ。
この大学で司法試験を受けるのは四回生がほとんどだが、
一回生の俺は経験の為に受けつもりだった。

有村が言う「本所七不思議」は江戸時代に成立したと言う怪談の言い伝えで置行堀(おいてけぼり)や足洗邸(あしあらいやしき)、片葉の葦(かたはのあし)などが有名だ。
これらの七不思議が現在ではどんな罪になるか、を問われるらしい。
一見ふざけているのかという問題だが、もしこの問題に正解できなければ、どんなに他の問題を正解しても不合格になるという。

「そんなのウソウソ。司法試験に落ち続けた性格の悪い先輩が、たちの悪い都市伝説を流したんだよ。大体、来週司法試験受けるのに、今頃そんな話、今頃誰から聞いたんだよ?」

すぐに否定に掛かる前田に有村は答えた。

「三回生の堀口さんが言ってた」

「出たよ。あの人嘘ばっかり言ってるから、陰で『ホラ口』って呼ばれてるの知ってる? あの人の言う事は8割嘘だから。それに、法学部に限らず、色々な学部で、そういう噂はあるんだよ。裏口入学した学生の生徒手帳には手書きで名前が書いてあるとかさ」

「え。俺の手書きだ! どうしよう」

学生手帳を確認して慌てている有村に前田が言った。

「当たり前だろう。うちの大学は学生課で手帳を買って、自分で名前を書き込んで、写真を貼ってから、証明のハンコを押してもらうんだから、全員手書きなんだよ」

「あそうか。良かった」

「ほらね、有村みたいな奴がいるから、変な噂は無くならないんだよ。
他にも、試験の解答用紙に名前の代わりに「100点」って書くと留年を免れるとか」

「それ良いな、今度やってみよう」

「やめとけ有村! 名前が書いてなかったら、0点だぞ」

「そうか、危なかった」

「ねえ他には?」

「もう少し罪深いのは、大学で一番かわいい子がこっそりAVに出ているとかいう奴だな」

「え~。薫、AVに出てるの?」

「なんでアタシがAVに出るのよ」

「そうだよ。出てるのは大学で一番かわいい子だぜ」

「あ~。それはそれでムカつく」

「ほらね。薫でも動揺するだろう。司法試験を受けるライバルに話して、混乱させるために作った噂話だよ。それが都市伝説になって今も伝わってるだけさ」

俺は3人の会話を聞きながら、少し離れた場所に座っている有紀子を見つめていた。

『大学始まって以来の秀才にも、この噂話は通じるのだろうか』

きっとどこかで有紀子に嫉妬していたのだろう。

俺は司法試験の雰囲気に慣れるためのものだったが、有紀子は違う。教授からも合格間違いなしと言われていた。

学食の会話が終わった後で、俺は偶然を装って有紀子に近づき、「司法試験に出る七不思議の問題」に注意しろと伝えた。

有紀子は

「そう。ありがとう。あなたも注意してね」

と、素っ気なく礼を言って去って行った。
その反応が薄かったこともあって、しばらくはその事を忘れていた。
しかし、司法試験の前日になり、有紀子の「あなたも注意してね」という言葉を思い出し、急に七不思議が気になってしまった。ホラ口先輩の嘘だと分かっていても気になる。明日に備えて早く寝なければいけないのに。

「どうせ眠れないなら・・・」俺は椅子に座り直し妄想を始めた。

『もし現在に本所七不思議があったなら、各々どのような罪問われるか? 罪名を答えなさい』

設問1 置行堀(おいてけぼり)。

釣った魚を持って帰るなって言うんだから、脅迫罪かな。でももし釣り禁止の池だったら、逆に窃盗罪になる可能性がある。

設問2 送り提灯(おくりちょうちん)。

夜どこまでも付いてくる提灯か、これは簡単だ。ストーカー規制法違反。

設問3 送り拍子木(おくりひょうしぎ)

ずっとついてくる拍子木。これも同じだ。ストーカー規制法だけど、拍子木だけだと実害はないし、自分の後を付けて来ているか、他の証拠が無ければ無実の可能性もある。

設問4 足洗邸(あしあらいやしき)。

夜中に天井を突き破って巨大な足が降りてくる、か・・・明らかに器物破損だな。住居不法侵入の罪にも問えるかもしれない。

設問5 片葉の葦(かたはのあし)。

葦の葉っぱの形で誰かが損したりすることは無いだろうから、告訴は不受理だな。いや、待てよ。これが貴重な植物の種で、研究室から盗まれたものだったりしたら、陰に窃盗の事実があるかもしれない。

設問6 落葉なき椎(おちばなきしい)か。

椎の木に落ち葉が無いという事は、その椎はニセモノ。何者かがいつの間にか木をニセモノにすり替えたという事か。それなら、窃盗罪か公共物破損の罪かな。いや、昨今の傾向から考えると、フェイク、つまり偽装による詐欺罪という可能性もある。片葉の葦同様、窃盗の可能性もある。

設問7 「燈無蕎麦(あかりなしそば)」または、「消えずの行灯」 

蕎麦屋なのに明かりが点いていない。もしくは誰も居ないのに、明かりだけが点いている。これは犯罪でも何でもないだろう。店が営業しているかどうかの問題じゃないのか。でも、あえて犯罪に結びつけるなら、営業しているのに営業していないところから、詐欺罪か?
いや、営業しますと宣言して土地を借りるなどの便宜を払ってもらったなら公正証書原本不実記録・同供用かな。

結局、俺は七不思議の罪を考えていて徹夜してしまい、試験会場に赤い目をこすりながら入った。

当然、不合格。学食に行って友人たちから結果を聞かれると、
『今回は、雰囲気だけ見に行ったんだよ』と自分を慰めた。

しかし、有紀子は合格していた。俺の悪戯など、こともなげにかわして、大学始まって以来の秀才は、見事に合格していたのだ。

大学の廊下でですれ違った時、有紀子は俺に言った。

「あなた意外に素直で気にしやすいのね。判事より弁護士が向いてるわよ」

それからずっと俺は有紀子に密かな憧れを持ち続け、その姿を見つめ続ける事になった。

あの冬の夜、俺の元から去って行くまで。


                おわり





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