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「歯形の栗」・・・冬の伝説。余命いくばくもない娘の願いを叶えるため父は。「めざせ100怪!ラジオde怪談」。

「めざせ100怪!ラジオde怪談」は、「清原愛のGoing愛Way!」(SKYWAVE FM89.2(https://www.892fm.com/)にて毎週木曜日16:00~放送中)の番組内で100の怪談を特集する「怪談朗読特別企画」。

その為に用意した怪談を紹介していきます。

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「歯形の栗」 作 夢乃玉堂

今から百年ほど昔のこと。
夕刻から降り出した雪が、
身の丈ほども降り積もった吹雪の夜だった。

奥州道から少し外れた小さな山村で
四つになる百合と言う娘が病の床についていた。

『もう長くない、好きな事をやらせて、
好きな物を食べさせてあげなさい』

原因も分からず、高価な薬も効かない病に、
医者はさじを投げた。
それでも父の悟助は、
家中のおもちゃを集めて娘を励ました。

「ほらあ百合。おめえの好きな赤ベコじゃ。
こっちには、凧も駒もある、
早う元気になって外で遊ぼうな」

百合は、並べられたおもちゃには目もくれず、
消え入りそうな声で、ただ一つ父にねだった。

「くりがたべてえ」

「くり? 栗か。栗が食いてえのか。
ようし分かった。今おとうが、
うんめえ栗を取ってきてやっからな」

力強く答える悟助の横顔を、
女房のお里が心配そうに見つめた。

「あんた。こんな雪深い季節に、栗の実なんぞ、
どこにも成っているはずはねえよぉ。
安請け合いしてダメだったなんて
百合が余計辛いんでねえか」

「しんぺえすんな。裏山の祠の脇に栗の木が一本ある。
あそこはあんまし風も当たらねえから、
拾い損ねた実が、一つか二つ残ってるだろう」

そう言う悟助に、勝算があるわけではない。
ややもすると絶望が支配しそうになる心に、
せめてもの希望を持たせるために、言った言葉だった。

しかし、一歩外に出た悟助は、
その希望が吹き飛ばされるのを感じた。

腰まで埋まる深い雪。
沈んだ右足をどうにか抜くと、今度は左足が抜けない。

一尺先も見えない白い世界でもがきながら、
悟助は祠の栗の木を目指した。

「待ってろよぉ、百合。もうすぐだぞ」

手も足も凍えて動かなくなってきた頃、
ようやく悟助は栗の木に辿り着いた。

幹の中程まで雪に埋もれているその根元を
悟助は迷うことなく掘った。
長く降り積もっていた雪は、
下に行くにつれ固くなり、手袋に血が滲んで来た。
挫けそうになるたび、悟助の頭に娘のか細い声が響いた。

「おとう。栗が食べてえ」

厚い雪をどかし、黒い土が見えても・・・
栗の実は見つからない。
悟助は、さらに土を掘っていったが、
イガ一つ見つからない。
希望の光が消えそうになると、
忘れていた寒さが身に沁みる。

「百合。百合~」

悟助は栗の木の根元にしゃがみ込み、
凍える声で娘の名前を叫んだ。
一筋流れ出た涙が、頬に届く前に凍りつく。

その時、一匹のリスが、栗の木のうろの中から顔を出した。

リスは、うなだれた父親の肩から、
泥まみれの足先まで、ささっと駆け抜け降りていった。
すると、リスを追いかけるように
うろの中から栗の実が転がり出てきたのだ。

「ああ。栗だ。栗の実だ。ありがたや~」

悟助はその実を握り締め、急いで今来た道を戻っていった。

家に着いた時、百合はもう声も出せなくなっていた。

「百合。そら、栗だ。栗の実だ。
こんなに艶々として、うまそうだぞ。見てみろ」

その呼び声に、百合はかすかに目を開き、
震える手を伸ばして、父の持ってきた栗の実を受け取った。

精一杯の微笑を浮かべ、
愛おしそうに両手で包むと、ゆっくり口元に運んだ。
そして、たったひと口その実を噛んだが、
そのまま静かに息絶えた。

百合の手から輝く実が音もなく転がり落ちた。

「ああ。百合~」

悟助は、力の限り娘を抱きしめた。
その体は積もった雪よりも冷たかった。

吹雪が収まり、抜けるような青空が広がった朝、
百合の葬儀が行われた。
悟助は、あの世で食べられるようにと、
雪の中で手に入れたたった一つの栗の実を
棺に入れて埋葬した。

しばらくすると、百合の墓から一本の栗が芽を出し、
数年後には、沢山の実をつける大木に成長した。

不思議なことに、その栗の木に成る実には、
幼な子の歯で噛んだような
小さな傷が付いていたという。

                おわり



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