サチ

都内で働くデザイナー。捨てられない言葉と思い出をここに。

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最近の記事

名もなき春

今年の春は、どこにもいかなかったな。 季節を楽しむことが好きなわたしは、窓を見上げながら 曇った空をうらめしそうにみていた。 いつもなら自分の背たけほどある桜を買ったり、 季節の花を大きな花瓶に飾る。 そんな花屋すら開いていない。なんてことだ。 日々の潤いはどこに行ってしまったのだろう。 この数か月、ろくに外に出ないままついに春が明けて、 梅雨がやってくる、と付けっぱなしにしているテレビから聞こえてきた。 なんてことだ。 こんなことになると思っていなかった、数ヶ月

    • 時速80キロ

      深夜のタクシーは嫌いだ。 飲んでて深夜になることなんてほぼないが(あったとしても会社の飲み会でしかない) 仕事をしていると半分くらいの確率でタクシーになる。 それもまた、時間が悪い。 いっそのこと、朝方近くまで仕事を続けてしまえば すんなりとタクシーは捕まるのだが 日付を越えた辺りやそれから1時間〜2時間後は 全くと言っていいほど捕まらない。 酔っている人やいちゃつくカップルがいる中で、 シラフでいるテンションのわたしは 正直結構きつい。 道端で待ってても、目の前に

      • なんでもない日

        「では、こちらで少し待っててください」 そう言って、物腰の柔らかい医療事務員に待合室のような場所に通される。 わたしは体が硬くなっていくのを感じていた。 会社から言い渡された健康診断の日付を二ヶ月すぎようやく予約をしなおすと面倒くさい、と言う気持ちと予約してしまった、と言う後悔しか残らなかった。 わたしは根っからの病院嫌いだからだ。 検査衣に着替え、受付を済ますと早速血液検査へ呼ばれる。 腕にビニールのチューブのようなものをまかれると 血の気がスーッと引いていく

        • マスク越しのあい

          数年前の年の暮れ、それはそれはひどい風邪をひいた。 それは彼と会う日も変わらずだった。 本当は、会わなければよかったのだけれど これを逃すと次はいつ会えるかわからない。 わたしは花柄の新しいワンピースを着て 彼を迎えに最寄りの駅へ向かった。 「重症だね」 と、彼に言われ、ごめん、と謝ることしかできなかった。 「うつさないように気をつけるね」 わたしはそう言って、鼻にかかりすぎたマスクを少し触る。 彼に会う日は少しだけ咳が落ち着いていたけれど、 マスクを手放せない

        名もなき春

          甘い痛み

          出社して数時間後、ちくっとした痛みが 指にまとわりついていることに気づいた。 朝起きた時には痛くなかったから、傷はなかったはず。 左手を見ると人差し指の第二関節に 紙で切ったような切り傷があった。 いつ切ったのだろう。 よく紙を扱うのでそんなに珍しいことではないのだが 切ったら切ったで鬱陶しく感じる。 淡い痛みがずきずきと主張してくるのを 尻目にわたしはカタカタとキーボードを叩く。 メッセージチャットで用件を伝えると 人差し指を見る。 いたい。 切り傷ってこんな

          甘い痛み

          彼の季節

          彼と会うのは、数ヶ月ぶりだった。 寒夜を見ながらふうっ、と息を吐く。 彼とはもう、かれこれ三年の付き合いになる。 いつも、数ヶ月に一度会う。 そして、いつも、待ち合わせの時間は遅い。 駅で少し待ってて、というメッセージに返事を打ち終わると、改札から出る。 周辺を見渡すと目の前にコンビニがあった。 数時間前にジムのトレーナーに言われたことを思い出し、食前に野菜ジュースを飲むことにした。 彼がいる街。三年経って初めてちゃんと来た場所。 今日は彼の家に少しだけお邪魔す

          彼の季節

          ぼくのいちにち ①

          ぼくのごしゅじんは いそがしい そとが あかるくなると ぼくはごしゅじんを おこしにいく あしもとや みみもと ごしゅじんの うしろで ねころんで ごしゅじんと すこしだけ ねたりする ごしゅじんは つかれているようで なかなか おきてくれない それでも さいきん いっしょに ねてると ぼくをなでてくれる ぼくはそのときに ちゃんす とばかりに にゃあ、となくことにしてる すると ごしゅじんも かんねんした かのように おきてきてくれる ぼくのごはんは ただの

          ぼくのいちにち ①

          Not so all.

          予定がなくなった。 2時間前に突然なくなったのだ。 そんな予感はしていたけれど、 実際そうなるとなんだか少し楽だった。 寝溜めよう、と1人では広すぎるベッドに転がると、 眠りが浅いなりに少しだけ寝ることができた。 録画していた番組もバラエティばかりで、 見飽きた頃に化粧品が切れていたことを思い出し、 のろのろと支度を始めた。 ついでに指輪も買いに行こう。 難なくスキンケア用品を買い足すと、 指輪を探すために何店舗か寄ることにした。 ある程度のブランドものを買って

          Not so all.

          合わせて3つ

          指輪が欲しい。 少し前までは、好きな人からもらう指輪が欲しかった。 でも、今は自分を支える何かを探して 単に何か、後ろ盾が欲しくて 欲しい。 少し大人になったのかも。 指輪をはめる手の意味を調べると、 全部の指にはめたくなって困った。 ネイルすらしていない飾り気がない手が (でも爪の形は好き。) 夏に比べたら白く皮膚の下の血管が透けて見える。 何かを掴みたくてもつかめない、 いつも空をきってる手だ。 こうなると、誰かの手を無意識に見てしまう。 この人の手に指輪

          合わせて3つ

          No good.

          今週は、早く帰れる日とそうでない日があると踏んでいた。 だから、今日は早く帰れる日。 そうやって、思い込むからいつも 地面に叩きつけられるんだけれど。 明日は半年ぶりに彼とランチができる日のはずだった。 お互い働いており、別々の場所に勤務していると ランチなんて一緒に食べれること自体が奇跡なのだ。 ウキウキしてしまった。 わたしは、少しでも嬉しいと浮き足立ってしまうのだ。 これがまずかった。 ふと、なんだか嫌な予感がして スケジュール帳を確認する。 その日には

          No good.

          大人の飲み物。

          「カフェミストを、ひとつ」 彼は柔らかい抑揚のある声で 優しく囁く。 「”木村さん”は?何にする?」 いきなり視線と名前を呼ばれて驚いたわたしは知ってる言葉をつぶやいた。 「あ、じゃあ、抹茶フラペチーノを。」 もっと”大人の”飲み物にすべきだったかな、 遠慮すべきだったかな、と思った時にはもう後の祭りで 彼は、ふふっと笑うと じゃあそれをひとつ。と言った。 仕事の打ち合わせ後、道すがら 会社の近くのカフェで休憩することになり、 彼と初対面のわたしはどもって、 頭

          大人の飲み物。

          天気は晴れ

          朝はいつも、その日1日の天気を スマートフォンのアプリで確認するのが習慣だった。 仕事に行くときはもちろん、 デートや1人でどこかに行くときも。 服はいつもあたしを守ってくれるから わたしはいつも、守ってくれる相棒を 引き出しから選ぶ。 その日、アプリに表示された文言は本格的な春の始まりを告げた。 仕事が毎日忙しく、休日は平日にやりきれなかった家事や用事をすませるために ほっとする時間がなかなかとれない。 日当たりが悪く寒い部屋で わたしは変な理由をつけて、 春服に

          天気は晴れ

          失恋保険

          今日も、か。 頭の中で、何度も諦めた光景を夢に見ながら ひっそりと心の中でつぶやいた。 でも、今日は帰りたかった。 本当を言うと、毎日帰りたいけれど 今日はなぜかソワソワして、帰りたい気持ちしかなかった。 こんなに帰りたいと、定時過ぎる前からソワソワとして いたたまれない時なんて、 何年ぶりだろう。 この仕事をしていると、定時なんて名ばかりで 定時の代わりに、終電時間を明け渡される始末だった。 帰りたいような帰りたくないようなソワソワに 心が棲み憑かれて、なんだか

          失恋保険

          3分前

          昨日は帰ると、久々に その日のうちに帰れた。 タイムカードを見たら、半月ぶりに 日付を越える前に帰れたことに気付いて 嬉しくて、ルンルンで帰路についた。 けれど、結局は電車の遅延で日付を越えるまでに家に着くか分からなくて 乗り換えまで時間があるし、 どうしても、その日のうちに帰りたくて 幸い、乗り換えの次の駅が最寄り駅なので 走って帰ることに。 こういうことするときの、わたしの深夜のやる気とテンションは昔からやばい。 アプリで見ると、徒歩で20分くらい。歩いたら、

          ひとみみぼれ

          最近、よく聞く曲がある。 日が少し登り、暖かくなったころに彼の声は耳によく馴染むのだ。 出勤時間が少しばかり遅いわたしは、その曲を聴いてぼうっとすることが日課になっている。 最近、彼はわたしのおきにいりなのだ。 年末、ためにためていた番組録画されているものをなんとなく見ていた。 すると、自動再生で録画したことすら忘れていた、彼のドキュメンタリーがテレビに浮かび上がった。 画面の中の人は、少し笑いながら恥ずかしそうに淡々と話していた。 「もう、苦しいとかいいわ。って

          ひとみみぼれ

          「ただいま」はいつも明日

          わたしが帰る頃は、いつも明日だ。 家を出た頃、明るかった昼の風景は帰る頃には真っ暗になっている。 時間が時間なので、会社にほぼ直通の地下鉄の入り口はいつもこの時間には閉じられている。 最初の頃、そんなことを知らずに終電を逃しかけたことがある。 その時はまだ、ヒールの靴も履いてたっけ。 ヒールの靴は女らしくなって、足がきれいに見えて好きな頃があった。 今も変わらず好きだけれど、今は特別なことがない限り、フラットシューズやスニーカーで通勤するようにしている。 理由は、終

          「ただいま」はいつも明日