時速80キロ




深夜のタクシーは嫌いだ。

飲んでて深夜になることなんてほぼないが(あったとしても会社の飲み会でしかない)

仕事をしていると半分くらいの確率でタクシーになる。

それもまた、時間が悪い。
いっそのこと、朝方近くまで仕事を続けてしまえば
すんなりとタクシーは捕まるのだが
日付を越えた辺りやそれから1時間〜2時間後は
全くと言っていいほど捕まらない。


酔っている人やいちゃつくカップルがいる中で、
シラフでいるテンションのわたしは
正直結構きつい。

道端で待ってても、目の前にずいっと出てきたカップルに
まんまとねらった獲物を取られるのだ。


タクシーアプリを落としてみても、
なぜか道が指定できず
途方にくれた。


天気は雨。

肩にぽつぽつと雫が落ちる。



何やってるんだろう。

なんでこんな仕事してるんだろう。


この時の虚しさったらない。

好きではじめたにも関わらず、こういう時はなんだかやけになりそうになる。

泣きそうになるのを必死で抑えて、
こういう時に頼れる人がいなくて、
悲しくなった。


毎日少しずつ気持ちをすり減らして
一週間を終える。

土日はどれだけ自分の心を膨らませることが出来るかを考えて実行するのみ。

そんな土日すら、最近は外に出ることを拒んでしまう。

SNSの幸せの押し売りや、
なにかの幸せ報告にも疲弊してしまう。

まるでわたしだけ、違う世界にいるように、価値観や道理が全く通じないような気がしてしまうのだ。


そうしてわたしは、殻を作って
土日はほぼほぼ家を出ず過ごすのだ。


わたしの家は、三面が窓。合計4つの窓がありそのうちの1つが出窓だ。

出窓は玄関にあり、その出窓は愛猫のお気に入りだ。

住宅が立ち並ぶ間を心地よい風が通る。彼はその風が大好きなのだ。いつも気持ちよさそうに、幸せそうに目を細めている。

姿もさることながら、動作が美しい。

そんな彼を見ていると、外に行くことが愚かなように思える。

心の隙間を埋めるように、物欲を満たしてもきちんと埋まらない事はわかっているのに、なぜそれを性懲りもなく続けてしまうのだろう。

彼の横に寄り添い、わたしはしばらく彼の横から外を眺めていた。





真夜中のタクシーでわたしはふと、思い出していた。

ふわふわの毛に薄いグレーがかったブルーの目。

短い手足、なんともいえない毛色をした彼とぼんやりと眺めたあの日の風景。


悪くない。




ネオンカラーの街並みが、窓ガラス越しにわたしにうつる。

この色も、悪くない。

意外にもわたしは、今の生活がそんなに嫌いじゃないらしい。

忙しく、はちゃめちゃな日々だが、きっとなくなれば寂しくなるのだろう。

この刺激ばかりの世界をやめて、平凡を求めるときがくるとしても。

だけど、それは今じゃない。

そんな忙しい日々をわたしは、愛しているのだ。



もっと遠くへ、誰も届かないような、遠くへ。


わたしを乗せたタクシーに念じるように、わたしは目を閉じた。



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