大人の飲み物。
「カフェミストを、ひとつ」
彼は柔らかい抑揚のある声で
優しく囁く。
「”木村さん”は?何にする?」
いきなり視線と名前を呼ばれて驚いたわたしは知ってる言葉をつぶやいた。
「あ、じゃあ、抹茶フラペチーノを。」
もっと”大人の”飲み物にすべきだったかな、
遠慮すべきだったかな、と思った時にはもう後の祭りで
彼は、ふふっと笑うと
じゃあそれをひとつ。と言った。
仕事の打ち合わせ後、道すがら
会社の近くのカフェで休憩することになり、
彼と初対面のわたしはどもって、
頭がフル回転して、
いつも頼んでるものしか分からなくて
それの言葉を口にした。
二階のカフェスペースで、重そうな荷物を降ろした彼は
向かいに座ったわたしを見て、
物珍しそうにわたしが頼んだものを見て
「それ、おいしいの?」
と聞いた。
わたしは、手元を見て
美味しいです、と言い
ごちそうさまです。と続けた。
律儀だね、と言って彼は飲み物を口にした。
何度か一緒にカフェに行くと、
彼はそれしか飲み物を頼まないことに気付いた。
いつしか、わたしも同じものを、と
店員さんに頼むようになった。
カフェミストは、ミルクで沢山とかしているぶん、
優しい味がした。
コーヒーが飲めなかったわたしが
飲めるようになったのは、
これがきっかけかもしれない。
今では仕事を変えて、
フリーランスの彼とは
会うことはなくなった。
今でも時々連絡を取る。
そのときのことを思い出すように、
わたしはこういうのだ。
「カフェミストをひとつ。」
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