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とうめいな時間 : 自己表現はデザインできるのか?〜倉俣史朗のデザイン 記憶のなかの小宇宙〜

世田谷美術館で開催中の
「倉俣史朗のデザイン -記憶のなかの小宇宙-」
に足を運んだら、自己表現における小さな呪いが解けた。

倉俣史朗(1934-1991)
一風変わった家具と数多くの特色あるインテリアデザインを手掛けました。1965年に独立し自身の事務所を構え、同時代の美術家たちとも交流をしつつ、機能性や見た目の形状に主眼を置いたデザインとは異なった考え方をした作品を発表し続けます。1980年代にはイタリアのデザイン運動「メンフィス」に参加し、その名は一躍世界中に浸透していきました。倉俣の作品は各国の美術館に収蔵されており、今なお国内外で高い評価を受けています。

世田谷美術館 公式サイトより


展示は、倉俣さんの作品(椅子や家具や小物類)だけでなく、彼の好きなレコードや本、夢日記まで様々、作品とインスピレーションを共に紹介するような構成で、人に宛てた手紙とかこれ見ちゃって良いのかなとワクワクするものだった。

心に残ったのは彼の文章で、倉俣語録とも言われているらしい。今回は過去インタビューなどの引用文も多く展示されており、それぞれの作品や展示内容への補助的役割を担っているのだけれど、この文章がめちゃくちゃ良かった…。(写真撮影がOKだったら全てのパネルを撮影しておきたかったくらい)

ので、特に覚えている文章の断片を引用形式でここに残します。(細かい言い回しまで覚えていないため、ニュアンス程度に)

●部屋の片隅にふと息づいた空間があることに気がついたりする、それは陰ではなく、爽やかでとうめいな時間だ。しかしそれは意識すると掴めない。

彼の創作における着眼点のひとつとして、日常や夢の中の風景を立ち止まって見つめていることが尊い。情緒で機能をふわりと包んだり、日常に非日常が混ざるような不思議な夢の感覚が、作品にそのまま表れているように感じられる。

こういった繊細な感性は作品タイトルにも表れていて『How High the moon』とか『Miss Blanche』とか、ああプロダクトデザインに、こんなロマンチックな名前をつけている、と元気が出た。

倉俣史朗《ミス・ブランチ》1988年 富山県美術館蔵 撮影:柳原良平 ⓒKuramata Design Office


倉俣さんはアクリルやガラス作品も多く残しているが、ガラスは未来であり、色がなく匂いがしないのが良いと書いてあったり。

●人は未来の香りは嗅がないが、過去の香りは嗅ぐものだ

なんて良い。なんて素敵なんだ。ないはずのガラスの香りに思いを馳せてしまう。

椅子や家具だけでなく、ディスプレイや空間のデザインについては写真スライドで展示されており、

●階段というものは人々に機能として認識され、空間の隅に追いやられるようになったが、階段という人が歩くための、動きのある空間にはその美しさや喜びがあったはずである。
●街において橋は建物における階段と同じ役割を担っている。元来、橋は断絶された土地を繋げ、人々がすれ違い、立ち止まり、物思いに耽り、花火を見上げるような場所であったはずではなかったか、今は車主体の道路の延長のようになってしまったが、文化や知らぬ土地の風情を連れてくる、人間が存在する空間ではなかったか。

本来あった姿と機能性への眼差しを感じる。
倉俣さんは「アートとデザインに境目はない」と話したそうだが、私自身デザインとアートの境界についてしばしば考えることがある。しかしいつも辿り着くのは「デザインに自己表現や情緒は必要か?自己表現がデザインである必要があるのか?自己表現はアートではないのか?」ということだった。

機能や情報や役割があってこそのデザインであり、デザインは自己表現の場ではない、という考えが私には長くまとわりついていて(これが正しいとは考えていないし、思考していく必要があると自覚している)、自己表現的なグラフィックデザインに出会う時、機能や情報整理を諦めていると感じずにはいられなかった。小さな呪いだった。

しかし倉俣さんの「アートとデザインに境目はない」という言葉を今日は素直に受け取っている自分に気がつき、少し感動している。
思えば「自己表現」ということを大仰に捉えすぎていて「私の考えを知ってほしい!」というような、押し付けに似た強い主張のことのように考えていた。が、倉俣さんのデザインを見ていると、もっと軽やかに「こういう瞬間って素敵だよね」「こんな風に世界が見えたら面白いかもね」と、自分の見えている風景や大切にしたい感情をデザインに込める、そういう自己表現の方法もあるのだと思えた。

だとしたら、デザインで自己表現はできるのかもしれない。階段や橋のように、アートとデザインを繋いだ思想で、情緒をデザインに纏わせることができるのかもしれない。いや、もうすでに、それをやっていた人がいたのかと、優しい勇気が出たりした。

世田谷美術館のある世田谷区砧公園が紅葉でとても美しく、これは倉俣さんの言う「とうめいな時間」かもしれない、忘れずにいたいと思っている。


「倉俣史朗のデザイン -記憶のなかの小宇宙-」
会期:2023年11月18日(土)~2024年1月28日(日)
開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)
休館日:毎週月曜日、12月29日(金)~1月3日(水) ※1月8日(月・祝)は開館、翌1月9日(火)は休館
会場:世田谷美術館 1階展示室
主催:世田谷美術館(公益財団法人せたがや文化財団)、朝日新聞社



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