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【凡人が自伝を書いたら 47.琉球王国(上)】

やって参りました。

琉球王国。

そう、沖縄である。


「沖縄って、常に半袖でいけるよね。」みたいなイメージだったが、

とんでもない。2月の沖縄は「普通に」寒かった。(愚か)

僕はオープンチームのリーダー兼、調理スタッフ教育のリーダーとして、新しい店舗に合流した。


「傭兵起用の弱点」

僕が担当する新店舗は、「24時間営業」と決まっていた。

この決断と対策によって、この店舗は「いくつかの問題」に直面することが予想された。

①社員の人手が足りない。

教育にも、開店後の営業でも、責任者である社員が不足することが目に見えていた。

②半年前に開店した、近隣の店舗からスタッフを移籍させた。

「ゼロベース」の教育が難しい。下手なことを教わっているスタッフが混じっている方が僕としては困る。

③店長のこだわり・クセ強め。

マニュアル逸脱は少なかったが、明らかに非効率なこだわり、なんでこんなことやってんだろ?みたいなクセも強かった。

④移籍したスタッフが受けた教育が酷かった。

基本、効率とか論理ではなく、根性論。パワハラも横行しており、移籍組のスタッフは、社員を心の底で恨んでいた。

これらにより、教育の時点で多くの問題が生じていた。僕は基本的にスタッフを怒らない。指摘や指導はするが、怒りの感情は使わない。理解するまで、いろんな言い方、見せ方で伝えるからだ。

これにより、移籍組との間にギャップが生じた。

「私たちは、あんな酷い目にあったのに。この子達は。。」

「こんなにゆるい教育で大丈夫か。」

そんな声も出てきていた。

「まあ、見ときなさいよ。」

心の中ではそんなことを思っていた。

ただ、どんな教育も、彼女たちにとってはそれが当たり前。

彼女たちは、真面目にその中で頑張って生き残って来ただけ、しかも善意で移籍してくれたのだから、論破すれば良いという問題ではなかった

さらに、その教育をした張本人がこの店の「店長」だというのだから、僕もなかなかのやりにくさを感じていた。


「恨みと壁」

この新店舗に初めて入社したスタッフ(新規組)は、順調な成長を見せていた。

僕の教育は、以前よりさらにブラッシュアップされ、「最高傑作」と呼べるほどのスタッフたちになっていた。

ただ、問題が一つあった。

やはり、移籍組と新規組の間に壁ができた。それも仕方がない。マニュアル以外のことで、教わり方が違いすぎた。

僕自身も、店長や移籍組を尊重して、「どちらでも良いこと」は、やり方を合わせていたが、明らかに非効率なことは、訂正していた。


「うわ、ほんとこっちの方がやりやすいじゃん! 何だったんだあいつらは!あの教育は!」

そんな感じで、やり方を変えてくれるスタッフもいたが、

中には「今までのやり方を曲げない」スタッフもいた。

「うーん。なかなか伝わらん。」

そんなふうに、もどかしい気持ちもあった。

ただ、彼女たちが、厳しく理不尽な教育を耐え抜き、必死で身につけて来たことをなかなか変えたくない。否定したくない。そんな気持ちもわかった。

その時の僕は、上手い伝え方が見つけることができず、できる限り理解してもらえるように、伝え続ける。自分がやり続ける。そういうことしかできなかった。


「溝の正体」

考えてみれば、スタッフの新規組と移籍組の溝は、そのまま「僕自身と店長の間の溝」だった。

僕はナンバー2という立場をわきまえて、店長のやり方に合わせれば、それで万事解決することは目に見えていた。

ただ、僕はそこまで器用にはなれなかった。「ノドにつかえる魚の小骨」のような思いがあったからだ。

それは、

①店長のやり方では非効率で、スタッフの負担が大きくなること。

②店長の担当した1店舗目は、オープン時なかなかうまく立ち上がらず、クレーム連発、様子を見に来ていた部長まで怒り狂う、なんて事実があったこと。

僕が、少し目をつぶればよかったのだが、僕なりに手塩にかけて育てたスタッフたちに、そんな思いはさせたくなかった。

僕のやり方を変えて、その状態であっても成功させる。なんて選択肢もあったが、正攻法を知っているのに、あえて「茨の道」を進む気にはなれなかったのだ。

溝はなかなか埋められない。

店長は僕より、歳も上、社歴も上、ランクも上、その上「頑固者」と来た。僕の意見を聞くような耳は持っていなかった。なんなら「エリアマネジャー」の意見も聞かないような人物だった。

あれこれ言っても仕方がない。とりあえず、今いるスタッフたちを成長させて、オープンで結果を出せばいい。話はそれからでも遅くない。目に見える結果があれば、僕の話も少しは聞いてもらえるはずだ。

当時はそんなふうに思っていた。


一方、接客の方では、多分、前の店でもこんな感じだったんだろうな。という教育が進んでいた。

店長という立場からか、移籍組のスタッフから聞いたような、ひどい扱いはしていなかったように感じたが、それでも泣いているスタッフや、落ち込んでいる新入社員、ついて来れなくて辞めていくスタッフもたくさんいた。

指導内容も聞いても、それじゃあ伝わらんだろ。できるようになるわけないだろ。みたいな内容も多かったようだ。

手を出したいのは山々だったが、立場上、あまりそういうわけにもいかない。どうせ調理の方と同じ問題が、接客サイドでも起きるだけだ。

「オープン後に問題があれば、動こう。」

そう思って、その時は目をつぶっていた。

スタッフたちには絶対の自信を持ちながらも、組織自体には、問題、不安を感じながらのオープンとなった。

「ナンバー2ってめんどくせ!!!」

あまりうまく役割をこなすことが出来ず、

正直、そんなことを思っていた。

つづく















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