【凡人が自伝を書いたら 64.春のように暖かく(中)】
ふきふき。
キュッキュ。
ゴシゴシ。
ジャー。
ふぅ。
いいぞ。
ピカピカじゃないか。
トイレが。(え、)
よし、今日もこれでいける。(なにが?)
どこから仕入れた入れ知恵か、もはや全く覚えてもいないが、僕は「飲食店の全ての問題の根源はトイレである説」を信奉していたので、昔から「トイレ掃除」をすることは習慣になっていた。(初めはみんなドン引き)
トイレの「汚さレベル」で、店の問題の多さも決まっていた。(たぶん)つまりは、「ヤバい店ほど、トイレが汚ねえ」のである。(もはや持論)
これについては、色々語りたいこともあるが、それは「自伝」ではなく、「トイレ伝」になってしまうので、別の機会にしておこう。そうしておこう。
まあ、要は「気持ちの問題」である。(え、)
「僕はそういうわけにはいかない」
Yチーフは、結構スタッフのことを「諦めている」ようだった。
「昔に比べ、学生の質が下がった。」「あの子たちは全然ダメだから」「放っておくと何をしでかすか分からない。」
「遊びのための小遣い稼ぎで働いている。」「そんな子達に、社会の厳しさを教えないといけない。」
そう言って、厳しく接していた。
気持ちはわかる。
僕もどちらかと言えば、歳は学生寄りだったが、価値観は違った。なんなら、学生時代から、他の学生との価値観の違いも感じていた。(つまりは浮いていた。涙)
鼻水が垂れたような顔で、チャラチャラ遊んでいる奴が嫌いだった。できるだけ楽に、楽に、そんな思いで湧いて出ているようなやつも嫌いだった。もっと出来るくせに、最初っから諦めているような奴も嫌いだった。
そんなんじゃお前、社会でたらやっていけねえぞ?
そんな思いもあった。
沖縄で初めて店長をした時、そんな姿をスタッフに重ねて、イライラして、厳しく当たっていたことも事実だった。
わかる。Yチーフの気持ちはわかる。
ただ、僕はもう、そういうわけにはいかない。
あんな失敗は2度としたくない。そして、その道に向かっている、Yチーフや、この店自体を放ってはおけない。
これだった。
「スタッフを信じて、承認する。」
「いいね!できるよ!ありがとう!」
「いいね!できるよ!ありがとう!」
「いいね!、、、、、」
「ブツブツ、、、。」
スタッフの手洗い場に、でかでかと貼ってある紙を見ながら、念仏のように唱える。毎日10回。これは僕の出勤時の「マイルール」になっていた。(久しぶり!)
そんな言葉が飛び交う店になることを願って、そして、僕自身そんな言葉が自然と口から出るように。
そんな思いで、唱えていた。
初めの頃は、スタッフの「変人を見るような目」が背中に突き刺さっていた。(メンタル!)
スタッフの良いところ、面白いところを見つけて、承認する。
仕事はやってみせて、説明をして教える。お手本としてあり続ける。
「一日一笑い」
もはやこれは僕の「趣味」のレベルになっていた。
しょうもないことを言ったり、誰もツッコまないようなことをツッコんだり、そんなことをしながら、毎日みんなに一笑い。
もちろんそんなことばかりだと、ただの「しょうもない変な人」になってしまうので、仕事は一流にこなす。
そのギャップで、絶妙なバランスをとっていた。
仕事ができるだけだと、「ただの凄い人」でおわる。そこにしょうもない話なんかを入れて、「人間味」を出す。それが「親近感」みたいなものになる。
作戦でやっていたわけではないが、自分を分析するとそんな感じだった。
徐々にスタッフが心を開いてくる感覚があった。よく笑うようになり、僕のボケにツッコミを入れるスタッフも出てくる。笑いが起きる。徐々にスタッフたちの個性が見えてくる。変わっているところも見えてくる。
みんなネコをかぶっているだけだった。
すると、僕の教育も通りやすくなる。僕の仕事を真似するスタッフも多くなる。能力が上がってくる。
これがYチーフにとっては、意外というか、「不思議」なことだったようだ。
スタッフを信じて、承認する。心が繋がり、スタッフが明るくなるだけで、こんなに変わる。こんなにやりやすくなる。
そういうことを感じているようだった。
「厳しさの裏側」
彼女には、彼女なりの正義があった。
何もスタッフのことが嫌いで、いじめていたわけではない。
「私は嫌われてもいいから、この店の学生達には、社会の厳しさを教えておきたい。これから社会に出て、どんなところでも通用するように。」
そういう思いがあった。
僕が、彼女を嫌いになれなかったのは、こんな暖かい想いが、心の奥にあったからだ。普段はスタッフに対して、あれやこれやと厳しく接しているが、上司の前では、スタッフを守り、スタッフを誇っていた。
そんな「愛」みたいなものが、根底にはあったのだ。
ただ、伝わらないことが多かった。それを「愛」と受け取ることのできないスタッフが多かった。
「そんな想いがあるのなら、きちんと伝えないとなぁ。何も、嫌われないと伝わらない。そういうもんでもないでしょう。」
Yチーフも僕には、結構信頼を寄せてくれていて、こんな話をすることも増えていた。
僕は、彼女のやり方を「否定」したかったわけでは無かった。ただ、そういう思いがあるのなら、それをきちんと伝えないともったいない。相手が「受け取りやすい」ような伝え方に変えるべきだ。
そんなことを伝えたかったのだ。
以前のように、「あんたが勉強してないから悪いんでしょ!?」みたいな言い方はしなくなっていった。徐々にだが、スタッフたちとも楽しそうに働く場面も増えていた。
具体的にどのように気持ちが変わったのか。僕に知る事はできないが、確かに少しづつ、彼女は変化していた。違うことは「違う。」と、はっきりと言ってくれる、そんな「信頼できる上司」へと。
まあ、これだけでも、僕が来た甲斐がありましたな。
そんなふうに思っていた。
つづく
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