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【凡人が自伝を書いたら 33.本部採用課(前編)】

「以後、お見知り置きを」

本社ビルの前に立っていた「おじさん警備員」の「何しに来たんだ小僧」的な目をかいくぐり、ロビーに入ると、今度は上品で優しそうなお姉さんが2人、受付に座っていた。

「あの〜わたくし、これこれこういうもんでございます。今日からここで働くことになっております。」

こう告げると、受付のお姉さんは、にっこりと笑みを浮かべ、「かしこまりました。今確認しますので、そちらにおかけになってお待ちください。」

そう言って、ふかふかの黒いソファーを指し示した。

「ほう、これがサラリーマンか。」

僕は、初めて味わう「ザ・サラリーマン的な雰囲気」にウキウキしながら、ソファーにゆっくりと腰かけた。

落ち着かない。

これが、全く、落ち着かない。

本来なら、我がもの顔で、どっしりと背もたれにもたれるところだが、なんだか雰囲気的にそういうわけにはいかない。

僕は、背もたれからびっくりするくらいの距離をとり、直角に背筋を伸ばし座っていた。就活生の控え室みたいな奇妙な座り方だった。(隠しきれない田舎魂)

ただ、そうはしながらも、

「ああ、あのお姉さんたち。ここでは上品に振る舞ってはいるが、本当は性格悪いんだろうなぁ。夜オシャレな店でワインなんかを飲みながら、上司や先輩の悪口を言いまくってるんだろうな。」

と偏見の塊のような想像をしていた。(愚か)

少し経って、採用課の女性スタッフが僕を迎えに来た。僕はエレベーターに乗り、本社のオフィスまで案内された。知らない女性と2人でエレベーターに乗った時の無言の沈黙の気まずさである。

女性スタッフが、オフィスに社員証らしきものをピッと通すと、扉が開いた。

そこにはうちの会社だけでなく、グループ内の他の企業の本部スタッフもいた。僕は自分の会社の「シマ」へと案内された。

割とみんなに聞こえるくらいの大きめの声で、自己紹介を含めて挨拶をした。

挨拶を返してくれる社員、会釈をしてくれる社員、様々いたが、瞳の見えない曇った目が訴えかけてきた。

「誰あんた?」「何しに来たの?」「うるさいんだけど。」

これである。

はいはい。この感じ。あらあら、どうもお久しぶりでございますね、はい。

「アウェイ」

これだった。(どんまい)

「それをわたくしに言いますか。」

採用課や研修課、その他の上役たちは研修や入社式なんかで顔見知りだった。ただ、その他の本部社員は全く面識がなかった。

僕が所属する「採用課」は入社8年目の「津川マネジャー(課長)」、6年目の「林主任」、それに僕と、アルバイトのスタッフが数人、という小さなチームだった。

採用活動自体も、そこまで大規模にやっているわけではなかったので、人員はそれで十分足りていた。むしろ僕は、そこに「プラスワン」といった感じだった。

津川マネジャーと林主任とは4月の入社時以来で、約半年ぶりの再会だった。「噂は聞いてるよ。頑張ってるらしいね。」こんなことを言って迎えてくれた。

ただ、別に僕は特別お気に入りというわけではなく、「意外に良いやつで、仕事もできるが、部下としては扱いづらい」。ズバリこれだった。採用課お気に入りは不動の「山本君」だった。

なぜ山本君を選ばなかったのか。

僕は津川マネジャーに尋ねてみたが、なんだか、はっきりしなかった。

「私たちも山本君を推薦して、話を進めてたんだけど、いつの間にかあなたの名前が出てきてて、いつの間にか決まっちゃったの。」

それをわたくしに言いますか。

これである。(かわいそう)

まあこの津川マネジャーは正義感が強く、はっきりとした性格なので、これが真実なんだろう。

「いつの間にか出てきた。」

これがまた陰謀くさい。

一体誰が僕を薦めたのだろう。僕に何を求めているんだろう。

そんな感じで、採用課としての本社勤務がスタートした。

「ポク、、ポク、、ポク、、チーン。。」

つまらない。

あーつまらない。

定時に出勤して、前日のエントリー数を確認。記録シートにパソコンで、ポチポチと数を入力する。

応募者リストの上から順に電話かける。

「あーその日は他の選考があるんですよねー。」

「すいません。もう内定をいただきましたので。。。」

プープー。

くそ!!!

これだった。

〜〜〜

「次の説明会の資料まとめといてくれ。」

「はい。」

「あのーここが、どうしてもはみ出ちゃうんですけども。」

「あ、それはセルを結合してさ。。」

「セル? ドラゴンボールですか?」

ポク、ポク、ポク、、、チーン。

これだった。(無能)


なんなんだ、これはぁ!!

俺はこんな事しにきたんじゃねぇ!!

ぬぁぁーーーーーー!!!!

無言でパソコンをいじりながらも、魂はそう叫んでいた。

「わたくしに説明をさせますか。」

悶々とした1ヶ月が経ち、業務自体には慣れてきた。というか、慣れすぎてダレていた。ほぼ午前中に、その日の業務を瞬殺し、午後は「のほほーん」としていた。

しょっちゅうタバコを吸いに行き、喫煙所でボケーっとしていた。それがバレてたびたび上司に怒られていた。

「じゃあそろそろ説明会をやってもらおうか。」

はい?

これだった。

アルバイト経験こそあるものの、社員になってからはまだ1年も経っていない。そんな僕が一体、会社の何を説明するというのだ。

そんなことを思ってはいたが、ここで嫌です。と言えば、いよいよ僕の存在価値がなくなるので、ここは了解した。(いや、最初から素直に聞け)

とりあえず説明会のスライドと原稿をもらい、一応だいたい暗記した。


「つまんねーーー笑!!」

内容がつまらん。もはや、全てパンフレットに書いてあるだろう。

これは小学校の読み聞かせですか?

これだった。

初回こそ僕は、上司も見ていたので、スライド通り、台本通り行ったが、慣れてくると、勝手に内容を変えていった。いつの間にか、スライドを使いながら、ざっくばらんに学生の質問に答える、「座談会形式」の説明会になっていた。

もちろん上司、特に「津川マネジャー」に知られれば、怒られること間違いなしなので、内密にである。これは学生にも口裏合わせをしておいた。

もちろん、ものの分別はきちんとあったつもりなので、内容は偽りなく、盛ったり、嘘をついたりはしなかった。学生に興味を持ってもらえるように、正しく自分の会社を知ってもらえるように、そんなことは意識していた。

普通にやるよりも学生の評価は高く、選考に進んでくれる学生は増えていた。

「ふんふん。そうだろう、そうだろう。」

僕は伸びていく数字を見ながら、満足していた。

「あえなく御用」

隠された真実は、いつか必ず白日の下になる。

これが人の世というものである。(偉そうに言うな)

僕は当時、まだ面接はしていなかった。(僕はどちらかといえばそちらの方が得意なのですが問題)

津川マネジャーと林主任は一次面接を担当していた。

ここは僕の考慮不足だった。(後から考えれば愚か)

ある一人の学生が、津川マネジャーに「選考に進んだ動機」を聞かれ、

「説明会がとても面白く、御社を知るうちに、大変興味を持ったからです。」

そう答えたらしい。(良いことじゃないか)

すると、津川マネジャーは当然こう聞き返す。

「そうなんですね。ありがとうございます。ちなみにどう言うところに興味を惹かれたんですか?」

「御社のビジョンや、大事にされている価値観、企業戦略などです。特に座談会形式の説明会は珍しかったので、そのようなところにも興味を惹かれましたし、他社に比べて御社に対する理解も深まりました。」

これである。

これはもう、志望動機というか「目撃者の証言」である。

津川マネジャーもここは大人の対応で、その場ではスルーして面接を続けたようだが、同時に僕の「逮捕状」が請求された。

当時、そんなことをつゆ知らず、大阪に説明会のため出張していた僕は、さながら「指名手配犯」である。東京に意気揚々と帰ってくると、すぐに「取調室」に連行された。

「話があるようですが、何でございましょうか?」

「あのさ、今日面接した子が、座談会形式の説明会が楽しかった。って言ってんだけど、あなたいつもどんな説明会してる?」

バレた!!!

この人、質問しているようで、すでに確信している!!!証拠もきっと手の内にある。きっと僕の自白を求めてるんだぁ!!!

僕は一切の抵抗を見せず、両腕を静かに差しだした。

これで、あえなく御用となった。

幸い、話した内容自体に問題はなく、会社に損害を与えているわけではなかったので、「反省文一枚」で、釈放された。

「あなた結構文章しっかりしてるのね。」

「ええ、慣れておりますから。ははっ。」

「笑い事じゃないわよ。(真顔)」

「はい、もうしません。」

これだった。

なんだかんだで、割と楽しんでいる僕だった。

つづく












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