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短いもの

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おだやかな沼にて恋心を抱いているのですから

もう仕方がないことは仕方がないのだから
土がぜぇんぶめくりあげられて
沼川がどっと流れ流れて
地球はくるまりました。
地球は沼になりました。
地球の大半は淡水になりました。
かつての大都市は水面下。
自由の女神はクマノミのイソギンチャク
サクラダファミリアはクラゲのファミリイが
東京タワーはもうてんでばらばら鯉のエサ
人はプランクトン、
もしくは藻屑になりまして
カモがしあわせになりました
カモの

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孤燈一穂

月をばらばらにした破片が

突きささる月刺さり

尽き笹る

小暗い森林には孤燈一穂の破片が

苔むした岩に差し込まれて

橙黒く

傍らでねむるこぎつね

小さな灯りは穂波のように末広がり

葉末を揺らしてしまう

小さな灯りはどこまでも内に向かって

灯りは明かりに逆らうように

どこまでも小暗く光るのである

傍らでねむるこぎつねは

うずくまり小刻みに震えて

黒く落とした陰影の中で

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いき

おだやかな古戦場のような野原で

おだやかでないため息をつく

つかれた息は蒸気になって

ごうと鳴る汽車の後についていく

汽車の中には人だかり

ぐうすか鼾をかくひと

わらうひと

窓にうつる風景をながめるひと

かなしんでいるひと

吐息はもう疲れてしまって

ふわりときえた

窓にすこしの

曇りあとをのこして

クソほどもない

こじ開け

開け広げ

這いつくばって

歌謡いに小石を投げる

ええいままよ

風呂敷の中にゃあなにごとも

食べ物なんて

クソほどもありゃあしねえ

頬を打ち

べそをかいて

のたうち回り

ブレイクダンスをしよる

ええいママよ

家の中にゃあなあんにも

愛する者なんて

クソほどもいりゃあしねえ

青猫

青猫

セーターを爪で引き裂く

鳴き鳴き亡骸啼きながら

甲高く小さな獰猛

虻、蛆、蠅、ちょこまかと

後ろ足で伸び殺す

ねこじゃねこじゃ

孤弱なねこじゃ小癪なねこじゃ

釣り糸を歯で嚙み切る

船ふねんねころりろりよ

背低くかよわいいいいびき

鮭、鯖、鱒、ぴちゃぴちゃと

前足でじゃらしの如く

ねこじゃねこじゃ

此奴はねこじゃ人間でねえぜ

やっちまえ

おいつめたぞ

夜更けた山の中に

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雪駄を履いた狐狸

もう抜き差しならぬとこまで

来たんじゃからな

社の隅にしゃがんだ少女

障子窓

風に吹き押し、がたしぴと

おお寒い

紫紺の護符をしかと握って

脚絆の隙に狐狸がのぞく

霜枯れ時の宵の果てに

細い笛の音

月は曇

少女はしくしく泣きながら

袖に火垂るのなみだを当てる

狐狸がぬっと顔を出して

勘繰りそうに少女を眺め

膝をぺろぺろ

ああ

あたしを分かってくれるのは

あなだけ

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釣りをする顔面にともしび

橙々とした叢雲を掻い潜る月光下、銀色流るる川に竿のぶら下げたのがひとりふたり。やれ鱸が跳ねる、鯉が口をぱくぱくさせる、水面の無に立ち騒ぐ原は竿から伸びた釣り糸で。おっと、こりゃあ大物だぜ、月色の艶を纏った竹竿のしなり、足をぐっと踏み込んで恍惚。えいやっ。竹の節がぎしぎし。腰を低くして引き上げると、ずるずると暗闇の釣れに釣れて、引きずり込んで、星に舞い、月に謡い、蒼い魚の流れ星。お猪口に淡水、酒をつ

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飽き飽きとした秋の夜寒に

飽き飽きとした秋の夜寒に

末広がる星を憎み

散り敷かれた地を踏切り

楓の露を吸う

目を針張りとさせ

切っ先の天秤を傾かす

雁の征くを送り遅らせ

もう金輪際はゴオルドよ

リングの指を外し

燦々とこがねいろ

なずむ月を拵えて

うなだれる

低く

低くして

はい

はい

ねむいむい無為無一文のわたしの

めんたまひっさげ歩くかげ

おおうあ、吐き気、はきけ!履きけ!

靴を履かせてちょうだいな

理屈を履かせんでくんなまし

メニーメに目にうつるあらんかぎりの

有らん鍵はどこかしらん芝蘭堂にあるのなら

あなたが持ってくれれば良いことよ

球を突いて窮を着いて次は何処へ行くの

わたしのめんたまひっさげて。

動かないで、動くな、う、ごくな獄な

わたしはもう動

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わたしの後ろには誰も並ばない

当、然、だ

みなわたしの顔が怖いのだいのだ

胃が痛し、胃が痛し!

以外だし、意外だし?

わたしは遺骸だし、ただの遺骸。

ああむくろ

けれどもねえ

わたしの後ろには並ばないことよ

こっちから願い下げよ

目の前の背中が化け物を語るようなら

まだまだあなたもしあわせだわ

だあれもわたしの後ろには並ばない

ほんと馬鹿だわ

わたしは誰の顔も見たくはないもの

どうせ馬鹿面よ

醜い

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おちゃっぴい

キャッキャウフフと笑みゑみ江戸っ子少女の参勤じゃ。霧のまとった下駄鳴らし
黒の軒端に足を上げ、荒ぶる丸髷、銀杏返しのどんでん返し。
瓦屋根によじ登、乙女じゃおてんばおちゃっぴい、誰も居らぬ人しか居らぬ
瑠璃のハチマキ、袖をまくって、燦燦とたすき掛け。覚悟などありゃあしねえサ、
あるのは好奇の目じゃ、将軍などたらいで一発もしくは二発。
とことこはしり、夜の街を癒す。釣り行燈に誘引、ぐわんと、窓を開け

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なぐる

ある男を、

憂さ晴らしに殴った

ありったけの力を込めて

足を思いっきし踏み込んで

ぶん殴った

すかすかして

すがすがしくなった

殴られた男はやすらかな顔で

女のように泣いた

俺はまたいらいらして

やつの脳天をぶち抜いた

するとやつは猫のようにやわらかく

くねって

息絶えた

俺はそれから鏡を見て

はあと白い息

拳の皮が切れ切れするほど

うつる俺の顔を殴りまくった

照魔鏡

照魔鏡

莢かな玲瓏

月明かり

澄んだ現世に

浮かぶ一点の灰隈

薄ぼんやりと鏡にうつるのは

人か悪魔か

霧粒から囁く夢幻の叫び

月を刺す射すさする

柔らかい手

細い指

白くゆみのようにしなって

鏡に触れる

魔鏡の中には

あがき、もがき、のたうつ誰か

人か悪魔か

かなしい痛みを押し零して

すうっといざり寄って

酔って

依って

みにくい愛の汁を一粒

どろっと垂らす

風来坊、世知辛い世界にて、快刀乱麻を断つか

風来坊、世知辛い世界にて、快刀乱麻を断つか

わっはっは

俺は風の如く、韋駄天の如く、

人のあいだをぬいぬいと走るのだ

そんでそっと人様のポケットに手を入れて

ちょっとの愛と金を奪ってやるんだ

嫌な人間をやさしくぶん殴って

弱いやつにはビンタをくらわしてやる

やつらは総じて馬鹿なんだ

わっはっは

家には小さな箒とすみっこの埃があってな

他のものは全部捨てちまった

いらねえんだ

この埃は、俺の誇りだ、誇り高き埃だ。

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