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信州読書会に提出した読書感想文を掲載

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信州読書会によるYouTubeLive&ツイキャス読書会に提出した読書感想文を掲載しています。
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#読書会

森鴎外著『百物語』読書感想文

森鴎外著『百物語』読書感想文

『百物語おじさん』

成金は俗世の刺激に飽き足らず、我々庶民には到底理解に及ばない遊びをやっているに違いない、という事実か妄想か定かではないこれらの噂話は、漫画や映画の世界だけにはとどまらず、現実社会でもそれと疑わしいものをよく目にする。気がする。

現代日本には、お金配りおじさん、というお化けが実在する。お金に困っている人をゼロにし、寄付文化を広めようとしている彼のその笑顔は、なんか不気味だ。そ

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ユゴー著『レ・ミゼラブル 第五部 ジャン・ヴァルジャン』読書感想文

ユゴー著『レ・ミゼラブル 第五部 ジャン・ヴァルジャン』読書感想文

『ジ・エンド・オブ・ケイオス・フランス・レボリューション』

とかくこの世はややこしい。
全ての人間は、あらゆる時代の潮流に飲み込まれ、幾度となく絶望と希望を繰り返してきた。それでも人は生きていく。

彼らを迎える数奇な運命は、決しておとぎ話の世界に限られたものではないだろう。人間が一生を全うするということは、それだけで業が深く、罪深い。  

全ての人間は、あらゆる思惑に苛まれ、幾度となく誤解を

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ポー著『モルグ街の殺人』読書感想文

ポー著『モルグ街の殺人』読書感想文

『遊び』

そのあまりにも有名な結末だけは以前から耳にしていた。結末を知っているが故に感想文に悩んだ私は、先日の信州読書会による雑談"『モルグ街の殺人』における画期的な形式"を拝聴し、宮澤氏による"結末ではなく、レ・ミゼラブルにおけるジャヴェールとデュパンの違いに注目せよ"、"世界初の推理小説の所以となったその巧みな構成に注目せよ"という言葉を頼りに、改めて本書を読み直した。

両者は共に、謎を解

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森鴎外著『カズイスチカ』読書感想文

森鴎外著『カズイスチカ』読書感想文

『父親』

翁の生活に対する態度に感銘を受けた。盆栽を眺めることも、煙管を吹かすことも、茶を飲むことも、私が知っているそれとは異なる時間を翁は過ごしているようだった。彼の所作には一つ一つに丁寧さが感じられた。日常の些細な事を意識的に行う、というのはとても難しい。何しろ私にとって日常とは永遠のようなものだ。勿論それは永遠ではなく有限であり、だからこそ人間は1日1日を大切に過ごさなければならない、と、

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中島敦著『李陵』読書感想文

中島敦著『李陵』読書感想文

『色眼鏡』

私は中島敦という作家について何も知らない。氏の著作を読むのも、以前に信州読書会にて課題図書となった『名人伝』、そして今回の課題図書である『李陵』、のたった二作を読んだに過ぎない。作品を除いた、作者のパーソナリティーについて知っている事と言えば、夭逝の作家だと言う事だけだ。

小説を読む際、それがどんな小説であったとしても、作者のパーソナリティーを知っているか否かは、その作品を読む上で

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ユゴー著『レ・ミゼラブル 第三部 マリユス』読書感想文

ユゴー著『レ・ミゼラブル 第三部 マリユス』読書感想文

『イニシエーション』

生きる事は別れと共にある。あらゆる別れが人生にはあるが、親子間の別れは自分の思想や存在そのものに影響を与えかねない重大な事件だ。マリユスもまた、父の死を機に帝政主義へ、そして共和主義へと目覚めていく。父の死をきっかけに、マリユスの物語は動き出す。生前は何の接点も無く、父の死に際に立ち合った時でさえなんの感慨も持たなかったマリユスだが、後にその思いは畏敬の念へと変わり、崇拝す

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谷崎潤一郎著『刺青』読書感想文

谷崎潤一郎著『刺青』読書感想文

『賢者タイム』

"リハーサルは嫌い。だってセックスの前にリハーサルはしないでしょ。"

これはアイスランドの音楽家、ビョークの有名なパンチラインである。芸術家が自身の表現行為を性行為に例えるのは、今となっては手垢にまみれた紋切り型の常套句だ。だが、何かを生み出す表現行為と性行為に、何らかの共通点が存在するであろう事実を私は否めない。

性行為と表現行為が交錯するタイプの芸術家が世の中にはごまんと

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夏目漱石著『それから』読書感想文

夏目漱石著『それから』読書感想文

『門野推し』

本作は、重苦しいテーマを扱いながらも登場人物の心情が、花やその花の香り、その色と共に鮮やかに描かれている。

父に呼ばれ佐川の娘を貰うよう言われた後、気分の優れない代助は真っ白な鈴蘭を鉢に漬ける。そしてその花の香を用いて世間との調和を図り、眠りに落ちる。

そして白い大きな百合は代助と三千代にとって特別な花だ。その花の香りと共に、二人の思いが何度もこの花の存在を通して描かれている。

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フォークナー著『熊』読書感想文

フォークナー著『熊』読書感想文

『野生のENERGY』

インディアン酋長の血をひく老人サムの元で、少年アイクが狩猟を通じて魂の成長を遂げる物語。作中では様々な興味深いエピソードが幾つも目についた。

アイクが初めて大熊"オールド・ベン"と遭遇する場面がある。その運命の遭遇に至るまでの経緯が面白い。

(引用始め)

彼はもう自分をハンターだと思わなかった。そんな傲った思いを捨てていた。なぜなら謙遜した平和な心にならねば出会えな

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ユゴー著『レ・ミゼラブル 第二部 コゼット』読書感想文

ユゴー著『レ・ミゼラブル 第二部 コゼット』読書感想文

『贖罪とは』

そもそもジャン・ヴァルジャンの犯した罪はたった一片のパンを盗んだことに過ぎなかった。
何度も脱獄を繰り返したとはいえ、市長になり、町を復興させ、自らの罪を告白した時点で、その罪は十分過ぎるほどに贖われているのではないか。しかし、彼は再び脱獄をする。一人の女の子を助ける為に、そして、自分自身を助ける為に。

脱獄は罪だが、彼は罪を償う為に脱獄をした。
何故なら彼の贖罪はもはや法を超え

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志賀直哉著『好人物の夫婦』読書感想文

志賀直哉著『好人物の夫婦』読書感想文

『悩ましい快感以上恋未満』

私は知っている。男なら誰もが己の意思とは関係なくふとした折に女に悩ましい快感を抱く事があることを。そんな、男なら誰もが知っているこの秘密の事情を、志賀直哉は繊細に、かつ鮮やかに描き出す。それだけでは無い。寝る前の挨拶だけだとちょっと物足りないからと、わざわざ滝にペンを取りに行かせたり、毛布を掛けてもらったりする。この脈がないわけでも無さそうな女に対する下卑た下心を、隠

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森鴎外著『二人の友』読書感想文

森鴎外著『二人の友』読書感想文

生きることにおいて"友人"とは一体どういう存在であるのか、そして、私の元に現れやがて去っていった(或いは私が去った)数々の友人達のことを思いながら本作を読んだ。

冒頭、鴎外とF君の出会いの描写では森鴎外という人間の、人を見る視線が緻密に描かれている。よく巷では"人は第一印象で八割決まる"などという文言が耳にされるが、ここでの鴎外は冷静だ。突然現れたF君を一旦は狂人呼ばわりするものの、F君のドイツ

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芥川龍之介著『鼻』読書感想文

芥川龍之介著『鼻』読書感想文

本作『鼻』は顎の下までぶら下がった自身の鼻をコンプレックスとする坊主の話だ。

(引用始め)

長さは五六寸あって、上唇の上から顎の下まで下っている。形は元も先も同じ様に太い。伝わば、細長い腸詰めのような物が、ぶらりと顔の真ん中からぶら下がっているのである。

(引用終わり)p.20

顔にイチモツつけとるやないかい、と真っ先に思ったが、なんでもファルスに解釈するのはいかんいかんと思いつつもネット

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ユゴー著『レ・ミゼラブル 第一部 ファンチーヌ』読書感想文

ユゴー著『レ・ミゼラブル 第一部 ファンチーヌ』読書感想文

正義と悪、この最も手垢にまみれた二項対立を人間は超えることができるのだろうか。

正義と悪、一口に言っても様々なグラデーションがある。ささやかな正義が人を救うこともあれば、絶対的な正義が人をこれ以上なく損なうこともある。ささやかな悪が人をこれ以上なく損なうこともあれば、絶対的な悪が人を救うこともある。

子供を置き去りにし、髪を売り、歯を売り、そして体を売る哀れなファンチーヌ。彼女はどこで道を踏み

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