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シンガポールとオーストラリアのRHQの戦い N77

 RHQとはRegional Headquarters略でグローバル企業がリージョン毎に設置する地域の統括機能のことだ。このRHQを呼び込むことで優秀な人材(少なくともとびきり給与の高い)の雇用が確保されるため国の生産性は確実に上がる。そしてこの呼び込みを各国、そして各都市が競っているのだが、ここ5年くらいはオーストラリアの特にシドニーに軍杯が上がっている。
 

 RHQの歴史をたどってみよう。古き良き日本がまだ世界で経済的な影響力を持っていた頃、1990年半ば頃まではグローバル企業はG7を中心とした米国、西ヨーロッパ、日本の3つに置かれることが多かった。コカコーラ本社のキャリアとして日本コカコーラの社長をやってから本社に戻ることが本社社長への王道コースと言われた。またP&G Far East Incに見られるように極東という社名が付いているRHQ会社もあった。 

 1990年後半から2000年半ばにかけては北米、ヨーロッパ、アジアパシフィックの地域の概念が広がった。日本が圧倒的なGDPないしは売上のシェアを持った時代ではなくなり始めたこと、その一方でシンガポールや香港が貿易を武器に台頭したこと、オーストラリアが共通文化と起源を活かして、グローバル企業からの雇用確保に努めた。それによってアジアパシフィックのRHQは分散化した。この頃多くのグローバル企業の日本法人のサポート部門やコールセンター部門はオーストラリアやシンガポールに移管された。私の同期は10人弱、これを機にシンガポールに転勤した。しかしながら各企業の日本人のプライドが北米、ヨーロッパ、アジアパシフィック、日本という4拠点という構成に最終的になる企業が多かった。
 

 2000年半ばから2010年半ばにかけては香港が中国との一国二制度を活かしつつ、中国市場へのアクセスの地点として、そしてアジアの金融中心の地点としてその存在力を生み出した。その一方シンガポールは製造業やサポート機能からより給与が高いR&Dやマーケティング機能、そしてデジタル企業を呼び寄せる方向にシフトした。圧倒的に低い法人税率を個別のテーラーメードで企業に提示してR&D部門やデジタル企業のHQないしはRHQを呼び寄せた。またデジタル企業で資産を築いた社長に特別な税金優遇策を提示してお金を持った個人を呼び寄せた。もしあなたの会社の社長がシンガポールに住んでいるのであれば、そうゆう理由だ。これと似たようなことはヨーロッパではアイルランドが行なっていた。この頃の日本法人のレポート先となるRHQはシンガポールが多かった。シンガポール人が上司になることを不服に思うおじさん日本人がとても多かった。そして中国は以前の日本のような特別扱いを受けるようになった。したがってアメリカ、ヨーロッパ&アフリカ、アジアパシフィック(シンガポール)、中国、(たまに日本)という4拠点(ないしは5拠点)という構成に最終的になる企業が多かった。
 

 そして2010年半ば以降からオーストラリア、特にシドニーが急速に力をつけている。セールスフォース、Zendesk、AWSなどをはじめとするデジタル企業のRHQはシンガポールではなくオーストラリアにしている。これはオーストラリアの経済成長が1991年から28年間連続で景気が拡大し続けた経済力の強さ(山火事とコロナのダブルショックで今年ついに連続記録は失われたが、すでに上向こうとしている力強さは底力を持っている証拠だろう)が評価されたことと、高度な人材の獲得の容易さ(教育レベルの高さと英語の上手さ)が評価されたことによるだろう。実際に中国やアジアのトップレベルの学生がオーストラリアの大学を卒業して就職をする。アジアパシフィックの人種のるつぼというハブが出来上がっているのだ。
 

 一方、最近のシンガポールは元気がない。最近、シンガポールに移り住んだお金持ちも日本に戻る人も出始めている。政治的な不安定さ、インドネシアの強いリーダーシップなどもあり過去のリーダーシップがやや失われつつある。そんな最近はアメリカ、ヨーロッパ&アフリカ、アジアパシフィック(オーストラリア)、中国という4拠点という構成に最終的になる企業が多い。知ってか知らずか日本とオーストラリアの航空路線は増便傾向にある(コロナでストップしているが)。このRHQに訪問する日本人、あるいは日本へ訪問するオーストラリアに住むRHQの人が増えたことが影響している。やたらにFacebookでオーストラリアに訪問するビジネスマンが増えているのだ。
 

 このRHQの仕事は言ってみれば各国の管理職を管理する仕事なのでかなり給与は高い。
 

 自国の企業を強くすることを考えるのも良いが、自国の国民の給与を高くすることを優先して考えてみるのも一つの策である。オーストラリアやシンガポールに世界を代表する企業がいくつあるだろうか?それでも1日歩けば1回はフェラーリを見かけるほど彼らは裕福だ。日本も中規模国としての戦略を打つ時期に入っているはずだ。 

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