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ある発明

 この頃、売り上げが伸びておらず、メガネ屋の店主は頭を悩ませていた。理由は半年前、向かいに大手チェーンのメガネブランドが店舗を構えてしまったからだ。あれだけ安い値段で、しかも良質なものを販売されてはお客が流れるのは当然のこと。まるで勝ち目が見当たらなかった。

 そこに現れた一人の青年。清潔感のあるスーツを着て、いかにも営業マンといった感じだ。店主は声をかける。

「いらっしゃいませ。今日はどういったメガネをお探しで」

「いや、わたしはメガネを買いに来たのではないのです。お店の方に提案をしに参りました。あなたが店主ですか?」

「はぁ。わたしがここの店主ですが。一体どんなお話で」

「新しい商品の提案です。一緒に開発してくれるひとを探していまして」

店主はうんざりした顔で返した。

「やめてください。確かにうちはいまや廃業寸前だが、そんな簡単な詐欺に引っかかるほどバカじゃないよ」

「まぁ、聞いてください。詐欺なんかじゃありませんから」

青年は店主を制して、話を始めた。

「わたしは大学で光学系の勉強をしていました。特にはレンズについてです。簡単なカメラや望遠鏡を自作して楽しんでいました。そしてメガネも。基本原理は同じですからね。あるとき、興味本位で、メモリチップをフレームに埋めこんだ録画機能つきメガネを作ってみたのです」

「へぇ。そんなものができるのか」

「それをかけて出かけた日のこと。わたしがスーパーで買い物をしていたら、万引きの現場を目撃したのです。犯人は、わたしに気づいてすぐに逃げていきました。しかし、メガネは映像を録画をしていたため、わたしはそれをスーパーに提供。顔もしっかり写っていたおかげで、犯人はすぐに特定され逮捕できました。その時、これは発明だ、社会のためになるかもしれないと思ったのです」

「なんですか、じゃあ、その録画機能のついたメガネを一緒に開発しようと?」

「つまりそういうことになります。ノウハウはありますので」

「なぜ、こんな店なのだ。それこそ向かいの大きな会社に売り込めばいいものを」

「もちろん行ってはみましたが、ああいう会社はダメです。かけあってくれません。下手に実績があるから新しいことには懐疑的ですし、体が大きくなればなるほど動き出すのに時間がかかる。このくらいがちょうどいいのです」

 青年の熱心な口説きは続いた。帰る気配は一向にない。その姿勢が店主の気持ちを傾けた。

「そこまで言うのならやってみようじゃないか。正直うまくいくのかは分からないが、もうわたしにはあともない。君も良いところにきたもんだ」

 かくして製造が開始された。銀行から多大な借り入れをして、工場のほとんどを新しく作りかえた。もうあとには退けないほどの金額だ。失敗すれば身がほろぶ。

 しかし、不安が募る間もなく、ことは驚くほど順調に進んだ。犯罪や悪事を目撃した購入者たちが続々とSNSで映像を発信したのだ。小さな火種であったが悪を許さぬ大義のもと、ネット上で瞬く間に拡散された。

 警察が難航していた捜査の情報提供を呼びかけると、送られてきたのはメガネで撮影された映像。それが決定的証拠となり、事件は解決となった。著名人のスクープを週刊誌に売り込むのもいた。クラブで女に酔っていた俳優の姿は、これまでのイメージを大きく覆すもので、世論からバッシングを浴びてしまった。

 店の奥、パソコンで右肩上がりの売り上げデータを見ながら店長は喜んだ。

「こりゃあすごい。メガネに新しい価値を見出した。君は天才だったんだな」

「調べてみたのですが、どうやら監視カメラやビデオカメラの需要がこちらに流れ始めているようです。きっと、まだまだこれからですよ」

「今後もよろしく頼むよ」

「いえ、実はわたしはこのあたりで離れようと」

「なぜ? こんなに調子がいいのに」

「まだ実現したい品があるので、別の業界に移ろうかと」

「そうか、それなら仕方ない。発明家はいそがしいな。あとのことは任せてくれよ」

 青年の予想通り、一連の動きはメディアで取り上げられ、メガネの注文は殺到した。店主はその少し前に事業拡大に投資しており、新規採用を募って、万全の体制をとっていた。滞りなく流れはじめたムーブメント。街には録画機能つきメガネをかけたひとだらけ。

 中には、目が良く、本来メガネを必要としない者たちもいた。しかしメガネをかけないでは、自分だけ監視されているようで損だ。自分がされるなら相手にもしてやりたい。そう思うのは当然のこと。

 しばらくすると生徒を非難する教師の様子がネットに上がり、学校名が特定され、その教師はつるし上げられた。生徒からの目線で録られた映像だった。こうなると教育委員会も静観ではいられず、学校と教師を処分することになった。

 ある会社の社員は、上司についてまわった。コイツの不祥事をなにか発見できれば、おれの出世の道がひらかれる。上司もそのたくらみを感じとり、しっぽは見せなかった。仕事終わりに飲みに連れだすこともなくなった。酒に酔うのはリスクが高すぎるからだ。

 夜の街の活気は失われた。金のある富裕層たちが外に出歩かなくなったからである。豪遊している姿が世に出回ったら、本業に悪影響。いまやだれもがだれかに監視されており、顔や名が知れた有名人は損な立ちまわりだった。芸能界やアーティストなど、表に出る仕事をめざす若者は減り、公務員や会社員の人気が高まった。

 そんな社会に異を唱える声もあったが、それも次第に薄れていった。反対はすなわち、裏でやましいことをしていると受けとられるからだ。特にそういったのと密接にやってきた政界には、世論の姿勢はきびしく、民意を得なくてはいけない政治家たちが議題にあげられるようなものではなかった。

 犯罪はどんどん減っていくし、公共の場でマナーを守る者が増えた。光と影によって成り立っていたいくつもの業界は、ガラスのような透明感を保ち、表も裏もわからなくなった。社会のトゲは削ぎ落とされ、小さく、まるくなっていく。

 そのうちに噂が流れだした。ある会社がボイスレコーダーつきイヤホンを開発中だという。なんでも、ひとりの青年実業家がプロジェクトを牽引しているらしい。それが発売されれば、だれもが悪口を吐かなくなるだろう。賞賛と感謝の声が増え、からかいやつまらない冗談で心をいためる者が減るかもしれない。素晴らしき商品。これでまた世の中は安全で、清潔で、よどみのない、愛にあふれた、平和な社会になるのだろう。

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