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短編小説女将さんと大将の居酒屋始末記3最終回 (1273字)

口コミとは恐ろしいもので、女将が会計すると、タダの時があると。
しだいに広まっていった。その証拠に女将がレジに現れると、そそくさと会計に向かう客が増えた。
それと同じくして店の顧客が明らかに増えだし人気が出て来た。
一週間程した辺りからか、また急に顧客が増えだした。
あの晩話をした4人の客のつまり女将さん応援団の我々はすぐに気づいた、これはSNSで広がり始めたのだ。
まずい。
このままでは、タダの客が増えて店が潰れてしまう。
我々は大将に話さずに、分担して女将さんが認知症で計算が出来ない事を隠すため、タダにしていると、さりげなく顧客に話し理解を求める事にした。
具体的には、レジ脇にいる僕がタダになった客を追いかけて、実は女将は軽い認知症で、タダにしている。と話し次の時は、いくらか払って欲しい。とお願いの話をするのです。店内ではさりげなく、仲間の3人も他の客に話し理解を求めた。自動的に女将が認知症と言う話も広まった。
その効果か、タダを告げられた客の中に、
「じゃ、これチップ」
と会計以上の金を置いていく客が現れ出した。
居酒屋は表面上繁盛しているように見えたが、不協和音も存在していた。
また僕ら4人は、大将の表情には険しい物があると感じていた。
居酒屋は繁盛した、明らかに優しい気遣う人が増えた。居酒屋の雰囲気も以前の様な雑多のざわつく尖がった感じがが少なく成っていった。
タダと言われても金を置いていく客が多くなり、居酒屋の経営は良くなっていったと、僕ら4人は思っていた。
その日珍しく僕ら4人は、相席で飲んでいた、それなりの効果も出てきて、気分は良かった。
「バカヤロー、だめだって言ったろ」
厨房から、大将が誰かを窘める声がした。
暫くして、女将がレジの応援に現れた。何人目かの客の会計で、女将と客の押し問答が始まった。恐らく女将がタダでいいと言って、客が払いたいと言っているのだと思った。実際その通りだった。その押し問答に大将が出て来た。険しい顔で大将が言った。
「お客さん、女将が言っているんで、タダでいいんです。お願いします。お客さんは店の事情も分かっているんだと思いますが、実は女将と私は夫婦ではないんです、共同経営者、戦友なんです。女将は独り者、私には家族がいます、女将がこう成って、私は女将の良いようにして、店を潰そうと思ったんです。そこの4人のお客さんの助けで、持ち直して店も繁盛したんですが、もう駄目です。お客さんに甘えて、商売する訳にはいきません。お客さん、気持ちは有り難いですが、どうぞ女将と一緒に店を潰させてください。この通りです」
大将は深く頭を下げた。それを脇で見ていた女将が、泣いて頭を下げた。
客は一言
「お節介ですか」
と残し、頭を下げて去って行った。
僕ら4人は、何とも言えない無力感に苛まれた。他の多くの客もそうだろうと思う。その日の酒は何とも言えない味で、やはり苦く不味かった。

世の中は解らないものだ、そんな事があった後、コロナ禍がやって来た。
居酒屋に休業補償があったかどうか知らないが、
暖簾は下ろされ、女将は施設に入ったと聞いた。

終。








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