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短編小説 ときめく乙女 TとM(1717字)

1990年 まだポケベルが便利だった時代、
ラッツ&スターの「Tシャッに口紅」やプリプリの「M」がカラオケで、切ない恋の曲として歌い出された時代。

新米OLの多美子と美幸は何故か気が合い
カラオケに夢中になり毎週末通っていた。

二人は同期の新入社員だったが多美子は四大卒で美幸は高卒だった。
細身の多美子はメイクも上手く、人目を引き、もてたが、しかし反対にその美貌が邪魔してか、恋愛経験はなかった。

美幸は、同期として背伸びをするのだか、社会経験がなく多美子に比べメイクも板につかず明らかに当時は、みにくいアヒルの子だった。

二人に共通するのは、淡い恋愛への期待と彼氏募集中という現実とカラオケ好きと言う事だった。

多美子は、カラオケで大好きなこの曲「Tシャツに口紅」を歌います。
あまりに切ないその歌詞にいつも胸の辺りがきゅぅと締め付けられメロメロになってしまうのです。
おかげで最近はそれしか歌いません。
ラッツ&スターのボーカルの囁く様なしゃがれた声にいざなわれて、
やがて曲の世界に入り込み、勝手気ままに歌詞を解釈し、
まだ見ぬ恋人との別れを夢想し、ヒロインになりきり
物語を創り上げ歌うのです。

またカラオケ反省会と称して、甘味をいただきながら、
それを美幸と話すのが、また楽しいのです。

美幸も多美子に影響されて、プリプリの「M」を同じ様に、
歌詞に入り込み自分を悲劇のヒロインにした物語を創り上げ、
多美子と話すのが楽しみに成っていました。

その日のカラオケ反省会はぶらぶらウインドーを物色しながら
街を歩きいつもの甘味処葉月に入ったのです。

いつもの席には、生け花教室の帰りなのか、お花袋を傍らに置いた和服姿の
年配の婦人がいました。
通路を挟んだその隣の席に多美子と美幸は座りました。

あんみつを食べながら多美子が話し始めました。

「Tシャツに口紅の歌詞だけど、いつも切ない切ないて、聴いていたけど
男が別れを切り出そうとするじゃない、
女が止めようとするじゃない、
それはそれで切ないんだけど、
今まで私は男も女も好き同士で、
でも周りが許さないと思ってたけど、
今日気づいたの、男って勝手じゃない、」

「これ以上君を不幸に俺出来ないよと、ポツリと呟けば、」
と、
食べながら聞いていた美幸が歌詞を続けて言った。

「不幸の意味を知っているのなんて
ふと顔を上げて、なじる様に言ったね」

そこまで聞いて、多美子が言った。

「そ、そこなのよ、
今日は私、男が勝手だと思った。
二人で乗り越えて行けばいいじゃない、
ね、どう思う。」

美幸が困ったように言った

「でも、恋愛だから、割り切れないし、
もともと理不尽なんじゃないですか。
プリプリのMの歌詞なんか、ふられた女の話だから、
もう涙が出て、悲しくて、悲しくて。」

多美子が続けてMの歌詞を言った

「いつも一緒にいたかった、となりで笑って、いたかった、
あなたのいない右側に、少しは慣れたつもりでいたのに、
どおして、こんなに涙が出るの、・・・ か。
確かに恋愛は非情だわね。」

美幸が我が意を得たりと続けて言った。

「恋愛は複雑なんです。
でもね、避けられない。
こんな歌詞もありましたね
色褪せたTシャツに口紅
泣かない君が、泣けない俺を見つめる。」

多美子が言った

「でも、やっぱり、男が勝手よ。」

美幸が言った

「でも、恋愛はしたいです。」

その時、通路を挟んだ隣の席からお花袋が
多美子の方に倒れて来た。

年配の婦人が

「あら、ごめんなさい。」

とお花袋を戻しながら言った。

「ごめんなさいね話が聞こえてきて、
私の若い頃を思い出したの。
これ以上君を不幸にできないて
むかし言われたことがあったの
思い出したわ
私はね、不幸を知っているの? て訊かなかったけど。
その人はね、志願して戦争に行って、
帰って来なかったわ。」


と話すと年配の婦人は、二人の間の伝票を取って

「おごらせて、気にしなくていいの。
若い人の話は面白いわ、ありがとうね。」

と言ってレジの方に去って行った。

美幸が慌てて、

「あ、いいんですか、御馳走様です。」

と反射的にお礼をした。

多美子はレジに向かう婦人の後姿を見送りながら呟いた。

「やっぱり、胸がキュンキュンとする様な恋愛がしたい。」

                      おわり。


















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