Masatoshiさん

大阪のとある法律事務所に勤務する事務職員です。ここで起きる出来事をお話ししていくつもり…

Masatoshiさん

大阪のとある法律事務所に勤務する事務職員です。ここで起きる出来事をお話ししていくつもりです。もっとも。実際の事件については守秘義務がありますので、雰囲気が伝わるようストーリー仕立てでお伝えしたいと考えています。ライトノベル感覚でお読みいただければ幸いでございます。

最近の記事

4.公正証書遺言を作成する

 さて。法律事務所には、いわゆる資産家の方々も訪れる。彼らを顧客に抱えることは法律事務所の経営にとって極めて重要なことだ。高額な着手金・報酬が見込め、事務所の経営がぐっと安定するからだ。  そんな彼らが高齢になると次第にソワソワし始める。蓄えた資産を、自分の望む者に望むように配分することを考え始めるからだ。また、相続人たちが過大な相続税に悩まないようにするにはどうしたらいいか、つまり節税であるが、そんなことばかりを考えるようになる。 津山「藤原君、明日オヤジの友人の曲谷さ

    • 3.空前の過払い請求の時代(その3)

       こうして取引履歴を出させると金利計算を始める。多重債務者は、私の見たところ平均七年から八年ぐらいの取引を重ねている者が多かった。  数百万の過払金が発生することが多かった。多い人では1000万近くになる人もいた。驚愕である。 (銀行に預金するよりいい利回りだ)  過払金には法定利息が付される。民法404条により5%と定められる(2006年当時)。世の中は低金利の時代、5%は魅力的な利回りだ。 (ひいひい返済していたのは、金融商品の積立みたいなものだったということか。何とも皮

      • 3.空前の過払い請求の時代(その2)

         過払い請求は一気にヒートアップした。それまで珍しかった法律事務所や司法書士事務所のCMがテレビで流れるようになった。数百万の広告料を払っても十分にペイするということだ。  対照的にそれまでテレビ画面を独占する勢いであった消費者金融のCMは潮が引くように消え去った。  当然のこと、うちの事務所でも突如とした好景気に湧きに湧いた。毎日のように任意整理を依頼する客が引も切らず訪れた。 津山「藤原君、また任意整理の案件がきたよ」  俺の大学時代の先輩津山弁護士の頬は緩みっぱなしだ。

        • 3.空前の過払い請求の時代

           2000年代の前半、サラ金や街金といった金融業者は我が世の春を謳歌していた。年利29%も利息として搾り取ることができるのだから。  そもそも利息制限法が定める、20%(元金10万円未満)18%(10万以上100万未満)15%(100万以上)という上限金利ですら大変な高利である。  事業や投資を経験すれば容易に解ることだが、資本(元手)に対して年15%の利益を上げることは並大抵ではない。  つまり、消費者金融や街金に駆け込んだ時点で経済的に破綻する運命にあるといえるほど

        4.公正証書遺言を作成する

          2.任意整理(その5)

           受任通知後、債権者から回答書を受領。  すぐさま債権者に連絡して債務額を元本に引き直すことを提案した。考えると、一方的に契約条項を変更する話となる訳だから乱暴極まりない提案だが、この頃(平成の半ば頃)の大手消費者金融はどこも大らかであった。 「いいですよ。元本の支払いだけで。ウチはOKです」  こういう対応には訳があった。僕が勤め始めた頃、彼らは莫大な収益を上げていた。それにはカラクリがあったのた。  当時の金利規制が、利息制限法と出資法の二重の規制となっていたから

          2.任意整理(その5)

          2.任意整理(その4)

           数日後。依頼者の加藤晴子がやって来た。 加藤「このたびはお世話をかけます。宜しくお願いします」  折目正しい風であったが、よくよく見るとブラウスの端々がほつれている。化粧もどこかおざなりだ。本人は気を配っているつもりだろうが、行き届いていないのだ。 (経済的に追い込まれると生活が荒ぶものだ。それは隠しようがない)  多くの債務者を観察してきて『貧して鈍する』という諺は、実に的を射た言葉だということだ。 藤原「参考までにお聞きしますが、どうしてこのように債務が膨らん

          2.任意整理(その4)

          2.任意整理(その3)

          藤原「で、依頼者はどんな方ですか?」 影山『加藤晴子。四十五歳のパート勤めの、いわゆる典型的な主婦ですね』 藤原「負債額は?」 影山『元利込みで約200万円ですね』 藤原「え、200万?」 (そんな僅少な額で債務整理…。ロクに職歴のない俺でも300万円ほどの貯金があるというのに) 影山『ははは。藤原さんとこの事務所は金持ちばかりが相談に来るのかもしれませんけどね』 藤原「そんなことありませんよ」  実際、ウチの事務所の門を叩く客層は多様だ。相続の相談に来る地主

          2.任意整理(その3)

          2.任意整理(その2)

           早速影山の携帯に電話する。 影山『はい、綺羅星金融の影山です』 藤原「弁護士津山義博の事務所の藤原です」  考えれば不思議ない言い回しだ。普通、何とか銀行の〇〇ですとか、何とか物産の◻︎◻︎ですとか、企業の名前を全面に出すものだ。法律事務所なら「△△法律事務所の××です」というべきではないか。  これは法律事務所特有の慣行だ。事務職員はたいてい事件絡みで電話するものだ。となると、弁護士の誰が代理人であるか、どの事件について連絡しているのか、それを相手に明瞭に伝えるため、こん

          2.任意整理(その2)

          2.任意整理

           2005年。法律事務所で勤務を始めて一年が経った。ようやく仕事の呼吸というものが腑に落ち始めた頃だ。   新たな事件が、あたかも未知との遭遇、新境地の開拓のように思われ、仕事が愉しくなってきた時期でもあった。 津山義博「藤原君、影山君から債務整理の依頼者を紹介されたから。担当頼むよ」 藤原「影山…?どういうお知り合いですか?」 津山「元相手方。街金の従業員だよ」 藤原「街金?高利貸しの?」 津山「そうだ。事件の交渉で激しくやりあううちに親しくなってね。今度先生に

          1.初めての法律事務所(続き)

           20××年11月3日。 「藤原雅俊と申します。33歳です。ずっと司法試験受験生でしたので、右も左もわからぬ者ですが懸命に努めますので宜しくお願いします」  出勤初日は異様に緊張していたのを覚えている。あと、電話が異様に怖かったのを覚えている。コールの音が鳴るたびにビクビクしたものだ。今から振り返ると、とんだ笑い話であるが、元来電話が大嫌いであった。  無論法律事務所で電話が嫌いなんて言い分が通る余地はない。ガンガン電話が鳴り響くのだから。電話が鳴らない事務所は経営的にやばい

          1.初めての法律事務所(続き)

          1.初めての法律事務所

          藤原「終わった」  司法試験の合格者名簿が貼り付けられた掲示板には案の定俺の名前はなかった。『ひょっとして』との微かな期待を抱いてやって来たのだが。  歓喜の声の渦の中、俺は虚しく京都の街路を歩いた。仕官しそこなった浪人のような惨めな境遇だ。  10回目の司法試験に落ちてしまったのだ。時間を無為にしてしまった後悔、支え続けてくれた両親への申し訳なさで、逆流する血潮に全身が包まれた。  ともかく。今回失敗したら諦めようと思っていた。ここから人生を立て直さないといけない。

          1.初めての法律事務所

          ご挨拶

           はじめまして。大阪のとある法律事務所に事務職員として勤務する者です。勤務歴はかれこれ20年となります。  法律事務所では仕事柄多くの方の人生を眺めることとなります。様々な困りごとを抱えた方がいらっしゃいます。  「お金の返せ」という典型的な民事事件から、「子どもを引き渡せ」「離婚して」という夫婦間の繊細な事柄を扱う家事事件。そして、詐欺や覚醒剤、果ては殺人といった刑事事件まで。それはそれは多種多様です。  取り扱う事務は確かに普通の企業とは明らかに異なります。そのため