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3.空前の過払い請求の時代(その3)

 こうして取引履歴を出させると金利計算を始める。多重債務者は、私の見たところ平均七年から八年ぐらいの取引を重ねている者が多かった。
 数百万の過払金が発生することが多かった。多い人では1000万近くになる人もいた。驚愕である。
(銀行に預金するよりいい利回りだ)
 過払金には法定利息が付される。民法404条により5%と定められる(2006年当時)。世の中は低金利の時代、5%は魅力的な利回りだ。
(ひいひい返済していたのは、金融商品の積立みたいなものだったということか。何とも皮肉な話だ)
 最後に和解案の提示である。以前は素直に支払いに応じてもらえていたが…。
藤原「弁護士津山の事務所の藤原です。こちらが提案した和解案の件ですけど」
 最高裁判決の前はおおらかだった大手金融業者の対応は、明らかに冷淡になっていった。
「ええ。順番に対応しています。お待ちください」という反応は良い方であった。
「訴訟を提起してください。その後に返還に対応します」という強硬な物言いするところが増えてきた。
藤原「訴訟したところで大した変わりはないでしょう」
 俺はクレームを入れたことがある。裁判所は、我々の作成した計算書に従って返還を命じる判決を下すことが殆どだ。時間の無駄ではないか。さっさと和解した方がお互い時間の得というものだ。
「いや、あるんすよ。ここだけの話、資金繰りが苦しくて。少しでも支払を先に伸ばせ、と上から言われてて」
 と正直に苦しい内情を明かす担当者もいた。
(ついこの前まで羽振りが良かったというのに…)

 ある日、綺羅星金融の影山から電話がかかってきた。
 てっきり新規の案件の紹介だと思い、
藤原「どうですか、景気は。一連の最高裁判決後、なかなか厳しいと思いますけど」と軽口を叩くように挨拶した。
 出資法の恩恵は当然街金にも及んでいたから、それを全否定する最高裁判例は街金にも痛打の筈であった。だが、街金はしぶといから、何とかやりくりしているのだろうと思っていたのだ。
影山『ウチは廃業になりました』
藤原「え!?廃業!?」
 思いがけない言葉に俺は素っ頓狂な声を上げた。
影山『ええ。一昨日オヤジに突如言い渡されましてね』
 不貞腐れた語調であった。
 聞くと、突然、全員集められ、社長からその場で廃業と解雇を言い渡されたという。
影山『あまりにひどいじゃないか、と抗議しても取り付く島もなくてですね。まあ金主の意向でしょうけどね』
藤原「金主はどんな方なのですか?」
 金主とは街金に貸出の資金を提供する人物のことだ。地元の名士であることが多い。資産運用ということだろう。
 街金の経営者は、この金主の意向を絶対として動く。
影山『地主か医者だと思いますけどね。ただ、金主に関わる事項は機密で社長だけが知ってること。我々にはわかりません。まあヤクザじゃないでしょうけどね。ヤクザは闇金の金主をして荒稼ぎをするもんですから』

 新たな最高裁の判例は、想像以上に広範囲かつ甚大な影響を及ぼした。

 まず中堅どころの消費者金融が経営難に陥った。それは日々のやり取りで如実に理解できた。

藤原「和解の話はどうなりましたか」

担当者「いや、もう無理なんですよ」

藤原「無理?無理とはどういうことですか?」

 俺の口調は剣呑になった。こちらも着手金をもらって依頼者のために動いているのだ。

担当者「すぐに支払う金がないんですよ」

藤原「なんですって」

担当者「訴訟でも何でも起こしてください」

 電話口の向こうには捨て鉢の空気が充満していた。

 間もなく。その会社は民事再生を申し立てた。

 それからというものの、消費者金融は合併などで何とか生き残りを模索した。それで生き残れる方はマシであった。大手の数社はメガバンクの傘下に入り生き延びた。

 独立系で生き残ったものは数社程度で、殆どが淘汰されてしまった。嘘のように消え去ってしまった。

 名の知れた大手も経営破綻に追い込まれた。数年前の栄華が嘘のような崩壊であった。

 消費者金融・街金の時代は終焉を迎えた。

 俺は思った。

(お金に困る人もこれからもなくなることはないだろう。彼らはどこで借りることになるのだろうか)

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