2.任意整理(その3)
藤原「で、依頼者はどんな方ですか?」
影山『加藤晴子。四十五歳のパート勤めの、いわゆる典型的な主婦ですね』
藤原「負債額は?」
影山『元利込みで約200万円ですね』
藤原「え、200万?」
(そんな僅少な額で債務整理…。ロクに職歴のない俺でも300万円ほどの貯金があるというのに)
影山『ははは。藤原さんとこの事務所は金持ちばかりが相談に来るのかもしれませんけどね』
藤原「そんなことありませんよ」
実際、ウチの事務所の門を叩く客層は多様だ。相続の相談に来る地主さんもいれば、新興企業の起業家や、資金繰りに困った町工場の経営者や、弁護士会の紹介で来る生活苦に喘ぎ破産の相談に来る方々など千差万別だ。
影山『まあね。世の中、小銭で首が回らなくなる連中はゴマンといます。そんな連中からしたら200万は天文学的数字なんですよ』
藤原「そんなものですか」
200万円で債務整理して金融機関のブラックリストに掲載されて信用失墜するぐらいなら、親とか知人に土下座して借りて清算した方が良いと思えた。
影山『それに。そういう人は親も知人も金なんて持ってないもんです』影山は俺の疑問に先回りした。
藤原「え、どうしてそんなこと言い切れるんです?」
影山『類は友を呼ぶ、ですよ。親が貧しいから自分も貧しい。友たちが貧しいから自分も貧しい。そんな無限ループの沼にどっぷり浸かって抜け出せない』
藤原「ふーん、そんなものですかね」
影山『考えてみてくださいよ。大金持ちのセレブが、そんな多重債務者と付き合いますか』
藤原「確かに。あり得ないですね」
影山『つまり金のない者は金のない者とつるんでしまう訳です』
藤原「なるほど。友は選ばねばならない、ということですね」
影山『仰る通りなんすけどね、腐れ縁というやつはなかなか断ち切れないんですよね。そして、そういう腐れ縁に囲まれていると、見栄を張って食事を奢ったりとか、金もないのに旅行に一緒に行くとか、ギャンブルにはまったりとか、保証人になってあげたりとか。…なんていうか、落とし穴がたくさんあって、そのどれかに落っこちてしまうんすよね』
トラップが多数仕掛けられている険しい道を好き好んで進んでいるかのようだ。
藤原「ため息が出ますね」
影山『ははは。でもね、そんなリテラシーの低い人間がたくさんいるから、うちも商売が成り立つし、先生とこの事務所も破産や任意整理の案件で儲かる、という訳ですよ。人間、物事を知らなければムシられるだけです』
下町を這うように生きる金融屋の言葉には不思議な重みがあった。
藤原「分かりました。では、加藤様からの連絡をお待ちしております。私からおおよその説明をいたしますので」
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