2.任意整理(その4)

 数日後。依頼者の加藤晴子がやって来た。

加藤「このたびはお世話をかけます。宜しくお願いします」

 折目正しい風であったが、よくよく見るとブラウスの端々がほつれている。化粧もどこかおざなりだ。本人は気を配っているつもりだろうが、行き届いていないのだ。

(経済的に追い込まれると生活が荒ぶものだ。それは隠しようがない)

 多くの債務者を観察してきて『貧して鈍する』という諺は、実に的を射た言葉だということだ。

藤原「参考までにお聞きしますが、どうしてこのように債務が膨らんだのですか?」

加藤「はい。主人が失業して私がパートで生活を支えていたんですけど、どうしても足りなくって色んなところから借りてたら、こんなに膨らんでしまいました」

 大雑把な説明だが、多重債務者の殆どがこんな感じだ。家計の管理ができていないのだ。そして、借金が膨らんでいくと、現実逃避に駆られなおさら家計に向き合わなくなるから、借金が雪だるま式に膨らんでいく。

藤原「そうでしたか、それは大変でしたね」

 任意整理なので深くは追及しない。これが法的整理の破産となれば、裁判所に債務が膨らんだ経緯を詳細に報告しないといけないので、債務増大の経緯を細かく聞き取る必要がある。

藤原「では、書類を拝見します」

 債権者から届いた通知書やらにざっと目を通す。

藤原「なるほど。債権者は七社。全て大手の消費者金融ですね。じゃあ大丈夫ですよ。ウチが受任通知を送れば請求は止まりますよ」

 受任通知とは、巷では介入通知と呼ばれているもので、要は弁護士が代理人についたことを通知する書面のことだ。以降、債務者の交渉窓口を担当するという意思表示である。

加藤「ほんとですか!助かります!」

 債務整理を弁護士に依頼して得られる最大の効用は、矢のような債権者の催促が止まることだ。債務者は債権者の督促に恐怖し、精神をやられるほど堪えるので、これだけでも弁護士に依頼するメリットは大きい。日常生活を取り戻すことができるからだ。そして、

藤原「元本で確定して分割払いが可能です。大手ですから少し免除してもらうよう交渉いたします」

 第二のメリットは、総債務額を圧縮できる場合があることだ。ハムスターのように支払いに追いまくられている生活から解放されるのだ。

加藤「助かります!」

 加藤さんはまるで地獄の底で蜘蛛の糸が垂れてきたかのように頬を紅くした。文字通り借金地獄に苛まれてきたのであろう。

藤原「では委任契約書と委任状にサイン願います」

 おもむろに書面を差し出した。委任契約書はウチの事務所と加藤さんとの間に成立した契約、委任状はウチが代理人となったという対外的な権限の証明書だ。

藤原「事前にお伝えした通り、着手金30万円、預かり費用2万円をいただきます。費用については残が出ればもちろん最後にお返しいたします」

加藤「分かりました」

 加藤は用意していた封筒を差し出した。俺は中から紙幣を取り出し素早く勘定する。

藤原「確かに合計32万円ございました。こちらが着手金の領収証、こちらが費用の預り証です」

 この着手金と費用だけは絶対に頂く。頂かないと事務所をやっていけないからだ。タダ働きはできない。

 もっとも、金に困る多重債務者がどうやって着手金を用意したか不思議とする向きもあろう。そこはあまり詮索しない。

 親族から借りるというケースが多いようだが、そうでないこともある。ともかく関知せず、だ。この金を受け取らないと仕事に着手できないのだから。

 債務者としても、苦労して捻り出した金であろうから、納得できない場合には遠慮ぜす説明を求めた方が良い。どこの事務所も相場に準拠している筈だが、ぼったくり事務所=悪徳事務所も稀に存在するからだ。

 どうにも納得できなければ別の事務所に依頼した方が良い。世の中には法律事務所は腐るほどあるのだから

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