2.任意整理

 2005年。法律事務所で勤務を始めて一年が経った。ようやく仕事の呼吸というものが腑に落ち始めた頃だ。 

 新たな事件が、あたかも未知との遭遇、新境地の開拓のように思われ、仕事が愉しくなってきた時期でもあった。

津山義博「藤原君、影山君から債務整理の依頼者を紹介されたから。担当頼むよ」

藤原「影山…?どういうお知り合いですか?」

津山「元相手方。街金の従業員だよ」

藤原「街金?高利貸しの?」

津山「そうだ。事件の交渉で激しくやりあううちに親しくなってね。今度先生に事件を紹介したいってさ」

 愉快そうに笑う。事件の相手方はいわば敵であり、親しくなるのは珍しいことだ。

 ただ、書面や言動で相手の弁護士の品格やら能力を窺い知ることはある。『この弁護士に依頼したいな』ということもあるかも知れない。

藤原「不思議なご縁なことで」

津山「そう。人徳というやつだ」

藤原「それ、自分で言わない方がいいですよ」

 確かに、この先輩の津山弁護士には人を惹きつける不思議な魅力があるらしい。僕には単に面倒見の良い先輩としか映らないのだが。ともかく、この弁護士の許にはたくさんの顧客が集まってくる。

津山「影山君の商売柄、債務者の知り合いに事欠かないらしいよ。これからどんどん客を紹介してくれそうだ」

 街金から借りる人たちは相当追い込まれている階層だ。銀行や大手消費者金融から相手にされていない信用格付けの低い人たちといえる。言い換えると、法律事務所の潜在的な顧客ということができる。津山「藤原君、君が担当だと伝えておいたから、彼と連絡して任意整理の段取りしてくれ」

 任意整理とは債務整理の一種で私的整理のことである。破産・民事再生など裁判所の関わる法的整理とは違って当事者間で話をつける債務整理のことだ。

津山「債務者から取引明細を取り寄せ、合意書の起案をしておいてくれ。俺が最後のチェックをして、それぞれの債権者と話をつける」

 事務職員にこんなに委ねて弁護士として手抜きのように感じる人もいるやもしれぬ。それは任意整理がルーティン的案件であり、処理の流れが確立していたからだ。

 すなわち。まず債務者からどのような債権者がいるかを聴き取る。闇金のような面倒な債権者がいないかどうか。次に、債権者の数と債務額を把握し、それぞれの債権者に受任通知(介入通知ともいう)を送付する。返送されて来た回答書を元に一覧表を作成し、各債権者と交渉し合意書なり和解契約書に落とし込んでいく。

 こういった次第だから、弁護士は交渉の締めに出てくれば形になる訳だ。もっとも交渉・合意まで事務職員にさせてしまうと、「非弁行為」-資格のない者に弁護士業務をさせること-を禁止する弁護士法72条違反となるから注意しなければならない。

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