2.任意整理(その5)

 受任通知後、債権者から回答書を受領。

 すぐさま債権者に連絡して債務額を元本に引き直すことを提案した。考えると、一方的に契約条項を変更する話となる訳だから乱暴極まりない提案だが、この頃(平成の半ば頃)の大手消費者金融はどこも大らかであった。

「いいですよ。元本の支払いだけで。ウチはOKです」

 こういう対応には訳があった。僕が勤め始めた頃、彼らは莫大な収益を上げていた。それにはカラクリがあったのた。

 当時の金利規制が、利息制限法と出資法の二重の規制となっていたからだ。金利の原則を定める利息制限法では、最大金利は20%(元金10万円未満)、18%(10万以上100万未満)、15%(100万以上)と定められていた。

 これに対して出資法は金利上限29.2%と定めていた。利息制限法の金利を超えて、この29.2%までの部分をグレーゾーン金利と呼んでいた。

 本来利息制限法の金利を超える場合、その超過部分は無効となる筈だ(利息制限法1条)が、当時の出資法5条2項では債務者が任意に弁済した場合、有効な弁済とされていた。

 例えば、150万円を借りたら、利息制限法なら15%の利息つまり22万5000円を払えば済む筈だ。なのに、出資法によるとプラス14%つまり21万円も余計に利息を取ることができるということになっていた訳だ。

(そりゃ大手金融業者は儲かるはずだよ。こんな高利を取れるんだから。こんなことが堂々と罷り通るなんて…)

 日本の法秩序に存在する、まさに摩訶不思議に唖然としたものであった。

 出資法は29.2%を超える場合、契約で定めるだけで刑事罰が課すことにしていたが、大した抑止力にはならなかった。29%で十分過ぎる利益が叩き出せるからだ。家庭の経済基盤を崩壊させるに十分だった。

 金に困って追い詰められた者は金利規制の事なんか考えずに借入する。督促されればその通り弁済してしまう。
 物事を知らぬ者はムシり取られる、まさにその典型事例だった。
 当然、ある程度の確率で破産で取りっぱぐれが起きるけれど、そういうことも踏まえ高利設定しているのだから、貸金業者にとっては痛くも痒くもなかったのだ。
 本件でも加藤さんは任意に弁済していた。その利息は取り戻せない。ただ、今後の利息を免除してもらったおかげで加藤さんの債務額はぐっと圧縮できた。
 ともかく。津山弁護士が本件の交渉の最後を締める。
津山「順番に電話していくよ」
 繰り返しになるが、特定の事件の法律事務の全てを僕たち法律事務職員に任せてしまうと、非弁行為として弁護士法72条違反となるからだ。つまり、弁護士でない僕が弁護士業務をしたという法律違反だ。
津山「どこもこちらの提案通りで良いってさ」
 先輩は一丁上がりという感じで言った。
藤原「そうですか。少しは抵抗するかも、と思ってましたけれど」
津山「気にする必要は全くないね。やつらはたんまり儲けてるんだから。こういう時ぐらい吐き出させないと」

 事件の清算として、最後に加藤さんに再びお越しいただいた。今後の利息支払いは免除されること、元本を平均で20%カットできたことを伝えると、

加藤「ありがとうございます!助かります!」

 雀躍りするように喜んだ。

 依頼者に喜んでもらうのは我々の仕事なのであるが、複雑な気分だ。そもそも消費者金融なんかで借入してはダメなのだから。門をくぐった時から生活が破綻する結果は見えているのだから。

 だが、その台詞は呑み込んだ。金回りの厳しい人に、そういうことを言っても意味をなさない。困窮した人は何にでも手を出すものだからだ。

加藤「藤原さん、お世話になりました」

藤原「いえいえ」

加藤「つきまして、娘と娘婿を紹介したいのですけど」

藤原「どういうことです?」

加藤「二人の事業がうまくいかず、借入額が膨らんでいるんです。任意整理もしくは破産した方が良いと思って」

 やれやれ。まさに類は友を呼ぶとはこのことだ。

藤原「ありがとうございます。では、私の名刺を渡しておきますね」

 まあ、こういう『悪縁』も法律事務所にとっては極めて大切だ。切れ目なく仕事をいただくためには必要なことだ。僕たちは自分の良心にそう言い聞かせている。

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