3.空前の過払い請求の時代(その2)
過払い請求は一気にヒートアップした。それまで珍しかった法律事務所や司法書士事務所のCMがテレビで流れるようになった。数百万の広告料を払っても十分にペイするということだ。
対照的にそれまでテレビ画面を独占する勢いであった消費者金融のCMは潮が引くように消え去った。
当然のこと、うちの事務所でも突如とした好景気に湧きに湧いた。毎日のように任意整理を依頼する客が引も切らず訪れた。
津山「藤原君、また任意整理の案件がきたよ」
俺の大学時代の先輩津山弁護士の頬は緩みっぱなしだ。
過払金請求は取りっぱぐれのない案件だ。着手金・報酬金を確実に回収できる。
藤原「またですか。次から次とですね」
俺はうんざりした。任意整理・過払い請求はどれも同じ作業で終始する。依頼者が誰でどんな性格の人か、そんなものは全く関係ない没個性の案件である。
受任通知を送り、消費者金融側に書類を出させ、金利引き直し計算をして、和解案を提示して、入金を確認して、依頼者に説明して引き渡す。無論報酬を差し引いて、と。
津山「そうさ。お陰でうちの事務所もホクホクさ」
任意整理は、実は弁護士はあまり出る幕はない。事務職員の効率的な処理、それで生産性が決定される。だから、弁護士としても極めて美味しい事件であった。任意整理の処理は半ば事務職員に任せ、自分はその間に複雑な案件を処理してさらに稼ぐ。
津山「金利計算をよろしく」
そう言うと、津山弁護士は別件の準備書面の作成に取り掛かった。
最高裁が示した判断によると、利息制限法を超える金利は原則通り無効だ。つまり、債務者はグレーゾーン金利の分を払い過ぎていたことになる。
この、いくら払いすぎていたのかどうか計算することが金利計算である。利息制限法の最高金利20%、18%、15%に引き直して計算するので引き直し計算とも言う。
藤原「分かりました。取引履歴の開示請求をします」
金利を計算するには、取引の履歴を調べることが必須だ。いついくら借りていついくら返済したか、適用金利はいくらだったか。
それは基本的に契約書や消費者金融側から送付される計算書に詳細に書かれているのだが、債務者がそういう計算書類をきちんと保管しているケースは殆どない。
彼らは日々の支払いに追われており、書類を管理をする余裕などないからだ。大概捨ててしまっているか紛失している。話を聞いても
「ええと…どこにいったかな」
「たぶん捨ててしまいました」
「全然わかりません」
と要領を得ない反応が大半だ。
まあこう言っちゃなんだけれど、そんな管理能力があれば消費者金融や街金から借金などしないものだ。
とはいえ不当利得返還請求訴訟には、この取引履歴のデータが不可欠である。つまり、取引履歴を貸金業者に提出させる必要がある。開示請求だ。この開示が認められなければ、事実上請求は阻まれることになる。
津山「ガタガタ文句言う債権者がいたらすぐ言ってくれ。最高裁判例をとっくり説明してやるから」
そう。最高裁判所に抜かりはなかった。
「取引履歴の開示は信義則上認められる」との判断を下したからだ。
信義則(民法1条2項)という大原則まで持ち出して、開示請求にお墨付きを与えてくれたのだ。これで遠慮なく会社側に開示を請求できる訳だ。
改めて思う。最高裁の判断こそがこの国の法秩序を定める。つまり、我々の法律実務の指針となるのだ。
当初、大手消費者金融業は、この取引履歴の開示を渋っていたが、最高裁に逆らうことは不可能。最高裁に刃向かってこの国で経済活動はできない。
彼らは観念して取引履歴を開示するようになり、やがてありとあらゆる取引関係の書類を提出するようになった。書類の提出が遅れたり隠匿していたりすると、過払金に付く利息が嵩むし、別途損害賠償を請求される可能性があるからだ。