K-22

書いたり読んだりする生命

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最近の記事

逆噴射小説大賞2023ライナーノーツ

 逆噴射小説大賞2023、二発とも二次選考を通過した。  ハイパー名誉。  いろんな方に読んでいただいてありがたい言葉もたくさんもらった。  超嬉しいので人もすなるライナーノーツというものをしてみようと思ったが、何しろライナーノーツという言葉を知ったの自体が逆噴射小説大賞に投稿するようになってからであり、今まで書いたことなどほぼない。そして脳の棚が痛んでいるので昨日の昼食を思い出すのも危うい有様だ。自分がどこからアイディアを思いついたのか覚えていない。書くことがない。  

    • 一方そのころ、残りの1/2は

       七階のヴィレヴァンに行くために乗ったエレベーターの操作パネルに「HELL」と書かれたボタン一つしか無いことに気づいた瞬間、榎本はすぐさま外に飛び出ようとしたが一瞬遅く、無情な勢いで閉じた扉に挟まれて胴の真ん中からまっぷたつにされた。それと同時に押してもいないのにHELLボタンが薄オレンジの光を灯し、エレベーターが降下し始めた。俺は切断面からはらわたと血をぶちまけた元榎本1/2と共になすすべなく地獄へ落ちていった。  天国に行けるとは思っていなかったが、これはあんまりだろ。そ

      • アローン・イン・ザ・メイズ

         観音開きの金属扉をくぐった先は映画館だった。暗い館内には椅子が幾列にも重なり、スクリーンではトラックと小型車がカーチェイスを行っていて、すぐにトラックが爆発炎上した。無事だった方の車に乗っていた男が何かを叫ぶ。知らない言葉だ。下には字幕が表示されていたが、斜め線と丸とを組み合わせたようなそれも知らない文字だった。足下に気をつけながら横に歩き、緑の光が点る非常口から出た。扉を閉める瞬間に再び爆発音が聞こえた。  非常口の向こうはトイレだった。左右に一つずつ手洗い場があり、その

        • そら豆のスープ

          「あれはそら豆のスープじゃなかった」  父がそんなことを言い出したのは、特にどうということもない朝食の席でのことだった。だから私はそれが正確に何月何日だったかを覚えていない。 何のことかと不思議そうな顔をする私たちの前で、父はもう一度、あれはそら豆のスープじゃなかった、と繰り返すと、庭の花のことに話題を移してしまったので、私も母も一体何の話だったのかと聞き返すことはなかった。なんだったんだろうと思いながら新聞を取りに出ると、隣家の父親がいた。 「ああ、おはよう、あれはそら豆の

        逆噴射小説大賞2023ライナーノーツ

          『紋白蝶厨子』(1970) 狛江柊三作

           タマムシの羽で飾られた厨子は玉虫厨子、モンシロチョウの羽で飾られた厨子は紋白蝶厨子。すっきりした理論であり特に疑問を抱くようなところはない。疑問があるとすれば、そもそもそんなものが実在するのかということであるが、これは実際に存在する。美術作品――ということになろうが、大して美しいものでもなく、全体的にぼんやりとした色合いと質感で、むしろ漠然とした嫌悪……虫という存在そのものに対する嫌悪と、このようなもののために生き物のいのちを消費することへの嫌悪……を感じさせるものになって

          『紋白蝶厨子』(1970) 狛江柊三作

          フルニエ著『アウゲイアス王の家畜小屋における不快な虫けら共の断罪と救済についての悲喜劇(全三幕)』をめぐる悲喜劇

          「ヘラクレスの12の難行を全部言えるか?」 言えないだろ、という言外の意図を内包したミトさんの質問にコナチはあっさり答えた。 「言えますよ」 当然でしょと言わんばかりの口調にミトさんが明らかに不機嫌そうに黙る。そりゃコナチなら言えるだろう。ギリシャ語の原典を読めるくらいなんだから。しかし空気は読めない。 「いや、言えないすね。獅子退治とヒドラ退治くらいは覚えてますけど」 とりつくろうようにおれがそう答えるとミトさんは少し機嫌を直した。 「それが普通だな。微妙なのは忘れられる。

          フルニエ著『アウゲイアス王の家畜小屋における不快な虫けら共の断罪と救済についての悲喜劇(全三幕)』をめぐる悲喜劇

          一人百冊/一人百殺

           個人による書籍の所有が一人百冊までと制限されて愛書家はあらかた絶望した。絶望しなかったうちの何人かは蔵書と心中した。無論、法人なり私立図書館なりを設立して所有権を移すことを試みる者も多かったが、それでは所有欲は満たせなかった。蔵書を隠匿する者はもっと多かったが摘発されれば書籍は没収された。  当然の帰結として、愛書家の代わりに書物を所有すること自体が職業化した。人間本棚、あるいは単に本棚と称されたこうした人々を雇用することは一種のステイタスとなった。中世において書物がステイ

          一人百冊/一人百殺

          三年間を振り返って

          2021年 3年U組 多層 のん  今、こうして卒業の日を迎え、高校で過ごした三年間を振り返ると、なんと短い年月だったのかとも思えますが、私の一日が三千日であったことを考えると、それはまた長い長い時間であったとも感じます。  入学の日、共に架空ヶ崎高校の門をくぐった幼馴染の未構さんにとっての一日はわずか5秒でした。次の瞬間、彼女は高校の、いや人生の全過程を終え、大いなる輪の向こう側に消え去りましたが、私の胸には今でもその笑顔が残っています。  それから先も、高校生活の中で多く

          三年間を振り返って

          二度目のプロジェクトは一度目のそれを凌駕するか

          「縦に高く積んだ積み木ほど、崩した時に広範囲に拡散する」  そう言いながらマリーは自分の身長よりも高く積み上げた北欧製の積み木を実際に崩して見せた。やかましい音と共に、色とりどりの数百のピースがリノリウムの床一面にとっちらばる。一番遠くまで転がった円柱型のひとつは、20mも離れた壁際まで転がってそこでやっと止まった。 「物理だ」 「物理だな」 「つまりより広範囲に拡散させたいと思うなら、より高く積まなくてはならないということになる」 「そうなるな」 「ところで神の愛を信じるか

          二度目のプロジェクトは一度目のそれを凌駕するか

          真っ二つの剣豪

           二十年ほど前の事である。鉄川と西標の間の山道で浪人くずれの追い剥ぎが出没していた。その追い剥ぎに赤子を人質に取られた若夫婦が助けを求めた通りすがりの武芸者が、若き日の剣豪・本田二僧伝であった。二僧伝は夫婦の頼みに頷くと刀を抜いた。そして一刀のもとに夫婦の首を切り落とした。二人の首はほぼ同時に、安堵の表情を浮かべたまま地に落ちた。 「なんで?」  恐怖も嫌悪も、驚愕すら混じっていない……それだけの反応を許さぬ唐突さだったため……ただただ純粋な疑問から発せられた追い剥ぎのそ

          真っ二つの剣豪

          非箱

           選択的妊娠継続者、通称「非猫」の増加は当局を悩ませる問題であった。医学の発展に加え、軽減重力居住空間の普及、何よりも事前概算可能可能性の高さがそれを有する当人の生活水準に大きく影響するようになった時点でこうなることは目に見えていたという意見もある。リ・リプロダクティブ・ライツの観点からこれを容認する立場と、胎児の権利を主張してこれに反対する立場に分かれ、法規制は難航した。これもまた想定されていた事態だった。しかし誰にとっても予想外だったのは、おおよそ八年以上継続して妊娠を続

          非箱