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アローン・イン・ザ・メイズ


 観音開きの金属扉をくぐった先は映画館だった。暗い館内には椅子が幾列にも重なり、スクリーンではトラックと小型車がカーチェイスを行っていて、すぐにトラックが爆発炎上した。無事だった方の車に乗っていた男が何かを叫ぶ。知らない言葉だ。下には字幕が表示されていたが、斜め線と丸とを組み合わせたようなそれも知らない文字だった。足下に気をつけながら横に歩き、緑の光が点る非常口から出た。扉を閉める瞬間に再び爆発音が聞こえた。
 非常口の向こうはトイレだった。左右に一つずつ手洗い場があり、その間の通路の両側にはずらりと個室が並んでいた。内開きのドアは一つ残らず開け放たれ、清潔で無機質な便座のふたもまた開いている。右手前の個室で用を足し、手を洗うついでに顔も洗った。タオルがごわごわし始めているのが気になった。取り替え時だろう。
 通路の突き当たりには扉がない。個室を一つ一つのぞいていくと、左列七番目には便器の代わりに跳ね上げ式の扉があった。それを開け、はしごを降りた先は朝食ビュッフェの会場だった。満足するまで食べ、念のため日持ちのしそうな食べ物をタッパーに詰め込んでおく。そして部屋の隅にずらりと七つ並んだ扉のうち適当に左から三番目を選んで開けた。
 この場所での長い暮らしの間に分かった法則は三つ。
 一度後にした部屋には二度と戻れない。
 その時点で中に別の人間がいる部屋には入れない。
 中にいる人間が部屋を離れた後に部屋内の環境はリセットされる。
 だが、例外がある。部屋の中で誰かが死んだ場合、この三つの法則はすべてキャンセルされるらしい。いつでもどこからでもフリーに入れるようになり、変化はそのまま放置される。
 無個性な部屋の中央で、一目見て死んでいると分かる男がうつ伏せに倒れていた。
 そして。
「突っ立ってないでこっちに来て座りなよ。それとも人殺しがいるかもしれない部屋になんていられないか?」

【続く】

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