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一人百冊/一人百殺

 個人による書籍の所有が一人百冊までと制限されて愛書家はあらかた絶望した。絶望しなかったうちの何人かは蔵書と心中した。無論、法人なり私立図書館なりを設立して所有権を移すことを試みる者も多かったが、それでは所有欲は満たせなかった。蔵書を隠匿する者はもっと多かったが摘発されれば書籍は没収された。
 当然の帰結として、愛書家の代わりに書物を所有すること自体が職業化した。人間本棚、あるいは単に本棚と称されたこうした人々を雇用することは一種のステイタスとなった。中世において書物がステイタスだったのと同じように。やがて、書物に内在するエッセンスを消費することがないという迷信じみた理由で文盲の人間本棚が価値を高めていった。こうした人々は陰では本棚奴隷と呼ばれた。
 しかし受精卵に人権が与えられるようになると状況は少し変化した。生きた人間を雇用するより凍結受精卵を管理する方が低コストだったからだ。受精卵一人につき百冊の書籍が所有できる。凍結受精卵保存容器付きの本棚が作られ、その本棚を特定の作家の蔵書で埋めて受精卵にその作家の名前を付けることが流行した。そうした受精卵は永遠に生まれることなく、したがって自分では目にすることもない書籍の所有者として在り続けた。


「それで」
「殺害方法は不明、動機も不明。大量の物品をどう運び出したかも不明です」
 何も分かってないのか、と呟きながら板張りの床に残された血だまりを見る。それを取り囲むように配置された九十九の空の本棚。九十九の空の受精卵保存容器。その中に一つだけ、中身の満たされた本棚と受精卵保存容器がある。容器の上面に付けられている、受精卵の名前を示す、つまり本棚の中に納められている書籍が誰の作であるかを示す真鍮製のプレートをのぞき込んだ。アルファベットで書かれたそれは、しかし英語ではない言語であるらしく、杉村浩二には読むことができなかった。

【続く】


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