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アメリカの「共同親権」制度 - ダディ、もう日本人でいちゃ、ダメなの? / NYCで「実子連れ去り」の被害にあった子供たち: WEEK 2

CHAPTER 5: NEW ATTORNEY

 月曜日

 「優しいアプローチなら、家裁でこのまま戦う。厳しいアプローチなら、いきなり最高裁で離婚の訴訟を起こす。どっちにしますか?」
 午前11時に行われた電話会議で、新たに雇った家庭問題・離婚専門の弁護士にそう聞かれたわたしは、迷わずに後者を選択しました。

 前年の夏休みに、家族で日本へ行った時も似たようなことをされました。
 母親の実家に子供二人と泊まっていたんですが、ある日の夜、わたしは家を締め出されたんです。
 それから3週間近く、子供たちに会えませんでした。
 わたしは日本で一回「締め出し」され、ニューヨークに戻ってきてから「実子連れ去り」に遭ったということなんです。
 ヨリを戻すつもりはない。
 わたしはそう決めていました。
 
 あとは、こんなことも考えました。
 母親は、今のところは週一回のバイトしかしていないはず。
 何の申し立てをしても無料の家庭裁判所と違い、最高裁は何をやるんでもお金がかかるし、国選弁護士もつかないんで、行き着くところは、弁護士を雇わないと勝てないことが圧倒的に多い。
 そうなると経済的にも、最高裁の方が母親に対してプレッシャーになる。
 
 最高裁で、離婚と親権に関して争う。
 家庭裁判所が出した保護命令などを争うことはできないけど、この保護命令は離婚と親権にも関わること。最高裁で審理されるべきだと家庭裁判所に訴える、というのがわたしの弁護士がたてた戦略でした。

 ただし、一つ認識して欲しいことがあると説明されました。
 離婚裁判においては、フェアな裁判を行うためにも、経済力のある方が相手の弁護士費用を負担しないといけない。これがニューヨーク州の法律だと言われました。
 我々のケースだと、母親はこれまで100%主婦で、アメリカでの職務経験はありません。
 そうなると、こちらが払うのと同額ぐらいの相手の弁護士料を払えと必ず要求してくると思う。
 ということは、こちらが弁護士費用に1万ドル使うと決めたら、それは2万ドル使えるように準備しておかないといけない。
 なんで敵将のギャラもこちらが払うのか!?と初めは思いましたけど、法律上、子供のいる夫婦は協議離婚ができないのですし、こちらから最高裁に持っていくのだから、それは仕方ないと諦めました。
 
 この弁護士が所属する事務所は、NYCでは50年以上家庭問題や離婚マターの裁判を手掛けてきた実績があります。
 それにこういったケースは、NYCなら〇〇〇系(某人種)の女性弁護士の方がいいだろう。
 
 これが、この弁護士を選んだ理由でした。

 火曜日

 午前11時頃。
 スクールママ友の家に、ACSの調査員が現れたけど、母親も子供たちも不在。
 まだ母親と長男のインタビューができていない。
 探しているらしい。
 と、スクールママ友から連絡がありました。

 わたしは、子供の服や本、おもちゃなどを渡したいと、スクールママ友に頼み、母親に連絡してもいました。
 それに対して母親からの返信は「無視していい」。二人のやり取りのスクショが送られてきました。
 ただすぐその後に「ヘアドライヤーと食器を洗うときにつけるビニールのグローブは欲しいと伝えて」とメールしてきたらしいので、わたしは、その二つだけを、スクールママ友の家に届けました。

 この夜、また複数の友達からスクショが送られてきました。
 母親のSNS上で交わされた、コメント欄でのやりとりです。
 シェルターって大雪とか?と聞いてきた人に対しての母親の返信は、DVの夫から避難している、でした。

CHAPTER 6: SUPREME COURT

 水曜日

 午後1時半。
 新しく雇った家庭問題専門の弁護士のオフィスで、わたしは、4つの書類にサインしました。
 最高裁での離婚訴訟(Action for Divorce)の訴状とその召喚状(Summon with Notice)。それから相手の「再婚の壁」を排除した旨の宣誓陳述書(Sworn Statement of Removal of Barriers to Remarriage)と原告側の医療保険の関しての宣誓供述書(Plaintiff's Health Insurance Affidavit)。
 あまり聞きなれない最後の二つの書類は、もう相手が再婚したいのならどうぞ、何の障害もないですよ。
 もう一つは、相手側の会社が提供している医療保険を使っているのなら、今後はそれができなくなる。自分で医療保険に加入しないといけなくなるということを認識した、というものです。
 そして訴状の最後のページには、ニューヨーク州のMaintenance Guidelines Lawの説明が記されていました。
 離婚後、収入の高い方から低い方に支払わないといけないメインテナンス・フィーの算出方法で、これは前年度の確定申告をもとに計算されます。日本でいう「慰謝料」が、このメンテナンス・フィーとなります。
 1)子供のいない夫婦が離婚する場合
 選択肢1:収入の高い方の年収X30%から収入の引く方の年収X20%を差し引いた額を、収入の高い方が低い方に支払う。
 選択肢2:二人の合計の年収X40%から、収入の低い方の年収を差し引いた額を、収入の高い方が低い方に支払う。
 2)子供のいる夫婦が離婚する場合
 選択肢1:収入の高い方の年収X25%から収入の低い方の年収X25%を差し引いた額を、収入の高い方が低い方に支払う。
 選択肢2:二人の合計の年収X40%から、収入の低い方の年収を差し引いた額を、収入の高い方が低い方に支払う。
 (養育費が発生するケースは、選択肢1が適用されます)

 双方で違う条件で合意したり、受け取る権利のある方が拒否することもできます。
 ただしこの算出方法は、これで年間の支払いが17万8000ドル以下になる人たちのためのガイドライン。
 それ以上お財布に余裕のある方々は、それぞれ弁護士を雇って話し合いで決めるか、それが無理なら、多額の弁護士費用をかけて裁判で争ってください、ということになります。
 我が家の場合は、母親が今やっている週1のバイトも三ヶ月ぐらい前に始めたばかり。去年の確定申告をもとに算出されるのので家庭の年収に関しては、100%わたしになります。
 支払い義務期間は、結婚していた年数によりけりです。結婚していた期間が15年以内なら15から30%。15から20年の場合は、30から40%。20年以上の場合は35から50%。
 結婚14年で離婚した場合は4年と2ヶ月ぐらいになりますけど、例えば5年で離婚したら、このメインテナンス・フィーの支払いは期間は九ヶ月だけになることもあります。

 次は子供の養育費。
 子供と過ごす日数が週3日だろうが、隔週ごとになろうが、収入の高い方が収入の低い方へ払わないといけません。これはニューヨーク州の法律で定められています。
 その算出方法も、至ってシンプルです。
 子供が一人の場合は、父母の年収差額の17%。二人の場合は25%。三人だと29%。4人になると31%。5人以上は少なくとも35%。
 年間収入の差額が5万ドルで子供が二人いたら、稼いでいる方がもう片方の親に払わないといけない額は、5万ドルの25%=1万2500ドルですから、月々1041ドル66セント。
 これを、子供が21歳になるまで支払うことになります。
 
 全ての書類にサインしたわたしは「もう一つ懸念していることがある」と弁護士に相談しました。
 母親が子供たちを連れて、日本に帰ってしまうという可能性に関して、です。
 ハーグ条約を履行しない国だと、世界から非難されている日本に子供を連れ去られたら。
 一応、共同親権制度になるみたいですけど、ハーグ条約で約束されていることがしっかりと反映される実施法ができない限り、完全にお手上げとなると、わたしは説明しました。
 
 ここで弁護士が、閃いたように一つの提案をしました。
 「認められる可能性は極めて低いけど、今まで二人だけ、わたしのクライアントで成功したのがいる。トライしてみる価値はあるかもしれないわ」 
 そこで説明されたのが、身柄提出令状(Writ of Habeas Corpus)に関してでした。
 「この申立書の記入の仕方は全部教えるけど、実際に自らの手で家庭裁判所に行き、弁護士はついてない、一人でやったという体で申し立てをした方がいい」
 そうした方がPetition Roomの人たちは、親身になってくれるはず。家庭裁判所での、この手の申し立てには弁護士がついてない方がいいだろう、というのが彼女の判断でした。

 身柄提出令状の申立書をネットでダウンロードし記入していた時に、スクールママ友から「今晩、子供たちの面倒を見ることになった」と連絡が入りました。
 母親は、夜のバイトに出かける。
 シェルターの門限は21時。今晩は戻れない、子供たちと一緒に泊めて欲しいと頼まれたそうです。

 その夜、また数人の友達から2つのスクショが送られてきました。
 母親のSNS上での投稿でした。
 一つは母親が働いているバーの写真で、自分はホームレスだけど仕事には戻ったという投稿でした。
 もう一つは先日のコメント欄でのやりとりの続きでした。
 母親は、裁判で(父親と)顔をあわせるのも怖い、と返信をしていました。

 木曜日

 午前9時。
 わたしは家庭裁判所にて、身柄提出令状の申し立てを行いました。
 弁護士の言った通り、Petition Roomのスタッフはとても同情的で「10時20分に口頭審理に捩じ込んであげる」と言ってくれました。
 しかし審理では、ほんの3分ほどで、わたしの申し立ては却下されました。
 父母間でどちらかが優先的な親権を持っている訳ではない。けど保護命令は母親の方が先に出していているので、父親の方が現時点では劣位だからという理由でした。要は早いもん勝ちということです。
 子供たちの安全を第一に考えて欲しいとわたしは訴えましたが、裁判官は、これには聞く耳を持ってくれませんでした。

CHAPTER 7: DIFFERENT BATTLE

 金曜日

 火曜日に最高裁に出した離婚訴訟(Action for Divorce)のインデックス番号(Index Number)が発行されました。 
 これでやっと、訴状と召喚状を母親に渡すことができる。
 でも現在、母親と子供たちがどこにいるのかわからない。
 スクールママ友に聞いてみたけど「今日は何の連絡もなかった。今のところは明日も予定はない」と返信がありました。

 毎週土曜日に、長男は習い事がある。
 狙えるとしたら、そこしかない。

 土曜日

 この日、9日振りに、わたしは、長男と次男の姿を見ることができました。
 2ブロックほど離れた位置から、でしたが。

 最高裁からの訴状と召喚状。これを渡してくれる友人と一緒に、長男の通う習い事のあるビルの近くで、母親と子供たちが現れるのを待っていたんです。
 長男は、元気そうに走っていました。
 次男が座っているストローラーを押す母親の、数メートル先を。
 早く行こうよ、という感じで。

 元気でよかった。
 遠くからでも、元気な子供二人を見れたので、少し安心しました。
 でも自分の子供たちに、声すらかけれない。
 ただ惨めな気持ちもなく、なぜ子供から勝手に片方の親を断絶するようなことをするのか?そんな母親の対しての怒りの感情も湧いてきませんでした。
 淡々と物事を進め、子供たちと普通に過ごせる日々を取り戻す。

 それだけを考えるしかない。

To be continued…..(続く)

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