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動物園も美術館もやっていることは同じ? 【保存という役割について】

ツシマヤマネコ、ニホンカワウソ、カンムリワシ、アオウミガメ

これらの動物の共通点はわかりますか?

これらはすべて絶滅危惧種に指定され、環境省のレッドリストに載っている動物たちです。種が絶えてしまう危険性が限りなく高い動物と言ってもいいでしょう。

日本国内には、これらの動物を保護、育成している動物園、水族館がいくつかあります。

あれ、美術館の話じゃなかったっけ?と思うかもしれませんが、まぁ聞いてください。博物館法では、美術館も動物園も水族館もひっくるめて博物館というくくりに入るので。

博物館の定義は下記の通りです。

「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関

博物館法  第二条

ここに資料の収集、保管(育成も含まれてますね)が挙げられているところに注目してください。

最初に例として出した絶滅危惧種の動物たちを、動物園や水族館が保護しているのもこのためです。大げさに言えば、それらの動物たちが存在する世界を後の世代まで引き継ぐことを使命としているのです。

美術館や博物館の役割もこれと同じです。長い年月を経てここまで伝わってきた文化財、または今、生み出されたばかりのアート、それらをきちんと後世までつないでいくために存在するのです。

これをシンプルに「作品の保存」と言うことにします。絶滅に瀕した動物と同じで、美術品や文化財も保護しなければ失われてしまい、二度と元には戻りません。

さて、保存には2つの意味があると私は思っています。ひとつは、作品の状態を維持するという意味での保存。そしてもう一つが、作品が流出、散逸、行方不明にならないための保存です。

まず、作品の状態を維持する保存についてですが、これは分かりやすいかと思います。作品はただ置いておくだけでは、100年の歳月を乗り越えることができません。地震、火災などの災害による破損、虫やカビなどの生物被害、経年劣化による不可逆な変化、など様々な要因で失われていってしまうのです。

そのために美術館が、温湿度管理、照度管理、適切な修復を行っていることはすでに説明しましたね。

では、もうひとつの作品が流出、散逸、行方不明にならないための保存について、詳しく説明しましょう。

かつて日本で主に作品保存の役割を果たしていたのは、寺院や神社でした。正倉院宝物は有名ですね。毎年奈良国立博物館で正倉院宝物展が行われる度に多くの来館者が訪れるほどの人気です。
この正倉院は、もともと東大寺の倉庫(正倉)です。ここに奈良時代に光明皇后が東大寺盧舎那仏(大仏)に献納した聖武天皇の御遺愛品、そして東大寺の貴重な仏具などが納められ、その管理は明治時代まで、東大寺が長らく続けてきました。
もちろんその間には、幾度もの戦乱がありましたが、南都七大寺の一つである東大寺の管理下に置かれたことで、天平時代の宝物たちは、類を見ないほどまとまった形で現在まで伝わったと言えます。

その他にも、高山寺に伝わった《鳥獣戯画》、厳島神社に伝わった《平家納経》、建仁寺に伝わった宗達の《風神雷神図屏風》など、有力な社寺のおかげで今にのこった文化財は数多くあります。

しかし、明治維新後に起きた廃仏毀釈によって、寺院の仏像や宝物は徹底的に破壊されてしまいました。また第二次世界大戦終戦後も混乱した経済下で、社寺の多くが荒廃し、寺宝・社宝を保存、修復する余裕もなく、売却されて所在不明となった宝物が少なくありません。

国はこうした事態を防ぐために、明治30年(1897)に「古社寺保存法」、昭和4年(1929)に「国宝保存法」、昭和25年(1950)に「文化財保護法」を制定したのです。
また「文化財保護法」制定の翌年(1951)に、「博物館法」が公布されています。ここで社寺や個人コレクターに変わって文化財保護の役割を果たす機関として、博物館が定義されたと言えます。

購入したり、寄贈を受けたりして美術館・博物館が一度収蔵した作品は、基本的に半永久的に保管されます。つまり作品が散逸、流出、行方不明になる恐れは限りなくゼロになるのです。
作品の所在が明確になることで、作品研究、作家研究は継続的に行うことが可能になります。特に作家や作品ジャンルがまとまった形で収蔵されていることはとても重要です。

しかし散逸のリスクがなくなる代わりに、美術館・博物館の収蔵点数が膨れ上がり、物理的な収蔵キャパシティの限界に達した時に打つ手がなくなるという問題や、美術市場の流動性を下げてしまうという一面もあります。このあたりは学芸員を含む美術関係者全員が考えていかなければいけない問題でしょう。

今回は、作品のコンディションを良好に保つという意味での「保存」と、作品が所在不明にならないように安置するという意味での「保存」。美術館や博物館がつとめる大きな役割「保存」には、実は二通りの意味があるよ、という話でした。

本記事は【オンライン学芸員実習@note】に含まれています。


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