[徹底解説]展覧会図録のつくりかた
美術館や博物館の展覧会には図録がつきものですが、この図録ができあがるまでにはどんな苦労が隠されているのか、ちょっと語らせてください。きっと広いnoteの世界のどこかには、そんな裏側を知りたい物好きもいると信じて。。。
図録と一言で言ってもいろいろな作り方があるし、展覧会規模によって、図録作成にかかわる人の顔ぶれも人数も変わってきます。
とりあえずここでは、一番オーソドックスな、単館上映ならぬ、単館開催の企画展のパターンから話をしましょう。
巡回展やメディア主導の大型企画展などの図録のことは、それはそれで面白いけど話が複雑になるのでとりあえず置いておきましょう(また機会があれば)。
1. 図録の構成を決めて割り付けを作る
さて、図録の構成は基本的にはこんな感じです。
表紙
あいさつ文
巻頭テキスト
作品図版
作品解説
裏表紙
学芸員の仕事は、展覧会の企画内容にあわせて、この図録の構成を考えるところから始まります。
コラムをいくつか差し込む?
作家年表や用語解説など補足資料はいる?
作品図版は出品作品をぜんぶ載せる?それとも一部?
作品解説は図版と同じページに載せる?それとも後ろにまとめる?
巻頭テキストはどれぐらいのボリュームにする?
などなど。
そんなことを考えながら、割り付けを作ります。
割り付けというのは、いわば図録の設計図のようなもので、各ページにどんな内容を割り当てるか、全部で何ページになるか、などがわかる指示書です。
予算がシビアな場合は、この割り付けでしっかりページ数を割り出して、掲載する図版の数やら何やらも計算して、使う紙(種類、厚さなど)も決めた上で、制作費用としていくらかかるのか印刷会社から見積もりをとらないといけません。
そこまでシビアじゃない場合は、割り付けはざっくり作る程度にして、あとはデザイナーと作りながら考える、ということも許されます。
2. 作品図版のためのフィルム・画像データを集める
次に、出品作品を撮影したポジフィルムやデジタル画像を集めます。入稿に使いますからね。すべてチェックが必要です。
そもそも全部のフィルムやデータが揃っているか。
ポジフィルムだったら、経年劣化により変色していないか。
画像データも印刷に耐えられる解像度かどうか。
もしも、展示予定の作品の中に、他の美術館からの借用するものが入っている場合は、事前に作品画像の提供もお願いしなくてはいけません。
また、出品作品の画像がそもそも無いよ、という場合は、あらためて撮影をする必要があります。
補足資料的なものであれば、学芸員の素人撮影で間に合わせてもいいのですが、さすがにメインの作品となると、そこはプロのカメラマンにお願いしなくてはいけません。
立体作品はもちろんのこと、たとえ平面的な作品であっても、照明ひとつでプロと素人では出来映えに大きな差が出ます。せっかくお披露目するのだから、いい写真を載せたいですよね。
というわけで、カメラマンに相談して、撮影日程を組みます。当然、学芸員は撮影にも立ち会って、「こういう角度から撮ってほしい」「こんな雰囲気の写真がほしい」などあーだこーだ口出しもします(そもそもカメラマンは作品を触れないので学芸員は必要)。
撮影後に納品されたデータ(いまはフィルムで撮る人はいません)のチェックまでが一つの仕事です。
3. デザイナーにレイアウトを依頼
さて、割り付けができて、作品画像も揃ったら、デザイナーとの打ち合わせになります。
突然ですが、もしあなたのお手元に図録があったら、ぜひ奥付(巻末のところです)をチェックしてみてください。装丁からしてこだわりを感じる素敵な図録は、おそらく何人かのデザイナーまたはデザイン事務所の名前が記されているはずです。
レイアウトを組むDTPデザインと表紙のグラフィックデザインでは、必要とされる技能が違うので、それぞれに精通したデザイナーが関わると、当然完成度が高くなるというわけです。まぁ理想はそうなのですが、そこまで予算に余裕がない場合は、1人のデザイナーに全部お願いします。
図録表紙のデザインは、ポスターやフライヤーのビジュアルイメージと関連性をもたせる場合が多いですが、別に決まりというわけではありません。
検討する余裕がある場合は、どんな紙を使うかなども、ここでデザイナーと相談します。
4. 巻頭テキストや作品解説を執筆する
図録は、画集や写真集ではありません。
ただきれいな図版が並んでいるだけではなく、展覧会の趣旨や作家・作品に関する考察、美術史的な説明などといった学芸員の解説文が欠かせません。巻頭テキスト(巻頭論文)や作品解説をせっせと書くのが学芸員の大事な仕事です。最もやりがいを感じるとともに、最も苦しい作業がこれです。脳みそ使うので…。
本当は、全部書き上げた状態で、デザイナーとの打ち合わせに臨むべきなのですが、そんなことが出来た経験は一度もありません。私に限らず、大抵の学芸員は図録の作成が進み始めてから、「とりあえずあてでレイアウト組んどいてください!」(実際に使うのとは違う適当な文章を流し込んでおいてもらうということ)とかデザイナーに頼んで時間稼ぎをしながら、ヒィヒィ言いつつ原稿を書きます。言い訳するわけじゃないんですけど、展覧会を担当していると図録だけを作っていればいいはずもなく、いろいろなことを同時並行で進めなくてはいけないからです。
展覧会開幕日は決まっているので、おのずと入稿の締め切りも決まっています。何とかそこに間に合わせます。
5. レイアウト校正、文字校正、色校正で仕上げていく
画像データもテキストデータもすべて入稿が終わると、そこからはデザイナーの仕事です。
しばらくすると、初校があがってきます。図版やテキストがレイアウトされたものです。ここからは校正作業です。
割り付けで考えていた時と、実際にきちんとレイアウトされた状態で見るのでは、印象がだいぶ変わります。レイアウトはこのままでいいか、図版の順番を入れ替えたり、図版の大きさを調整したり、あれやこれやを指示してデザイナーに投げ返します。
文字の校正も超重要です。誤字脱字、おかしな言い回し、変な空白、文字化け、そういったものがないかチェックします。1人の目では必ず見落とします。特に原稿を書いた本人は、何となく脳内で補完してしまうのでミスに気がつきにくい傾向にあります。何人かの目で確認するようにするのが大事です。
この校正を初校、再校、再々校と何度か繰り返して、完璧と思える状態になったら、最後の本機校正にうつります。これは本番の印刷と同じ印刷機、同じインク、同じ紙で行う校正のことです。ちなみに今までやっていたのは簡易校正といいます。
ここで主に確認するのは、図版の色です。どこまでいっても、印刷は印刷。実物とは違うのですが、それでも極力、本物の作品に近い色味になるように、調整をします。これはデザイナーではなく、印刷会社の仕事になります。
6. 校了!
レイアウトOK、文字もOK、図版の色もOK、となったらようやく校了となります。
あとは印刷会社にまかせて、納品を待つだけです。
展覧会開催前に無事完成した図録が届いたら、最終チェックです。すべて人が行うことですから、何が起きるかわかりません。ページがすっ飛んでいたり、図版に印刷ずれがあったり、といった可能性がゼロではありませんから。
まぁ、そんなことは滅多に起きないのですが、逆にしょっちゅうあるのは(しょっちゅうあってはだめなんだけど…)今さら誤字を発見することです。
「あ・・・」
さぁ、そんな時は急いで正誤表の作成にとりかかります。正誤表ができたら、それを一枚一枚図録に挟み込んでいきます。「なぜ見落とした〜」と自分を呪いながら、粛々と作業をします。
7. 完成した図録は我が子のように愛おしい
ふぅ、こうして一から言葉で説明すると、なかなかの作業量ですね。
それだけに、出来上がった図録の実物を手にした時は、何度味わってもやはりしみじみうれしいものです。まさに我が子のように愛おしい一冊です。
あなたが今度どこかの展覧会に行った時、ぜひ図録を手に取ってみてください。買わなくてもいいので。「この一冊もがんばって作ったんだろうなぁ」と思いをはせてくれたら、担当した学芸員さんはきっと報われるでしょう。
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